29 10月 2013

10/18「ノイズとビッチ」フェスティバル(ロシアのシューゲイズ)

10/18夜(19時)〜19朝(5時)にかけて、ペテルブルグ市内のライヴハウス「клуб da: da:」(地下鉄センナヤ・プローシャチから徒歩一分)で開かれたシューゲイザーオールナイト「ノイズとビッチ(шум и шлюхи)フェスティバル No.11」なるイベントに行ってきました。そのまとめです。(写真多数)
ロシア(ペテルブルグ)におけるシューゲイズに興味があればご覧ください。


27 10月 2013

ハルムス「魔法使い」

(…)

これは魔法使いについてのお話になる。現代に生きていて、魔法を使わない魔法使いのお話。彼は自分が魔法使いで、どんな奇跡も起こせると知っている。でもやらないんだ。部屋から退去させられることになって、ハンカチを一振りするだけで自分の部屋に残れると知っていても、魔法使いはそうしない。おとなしく部屋から出ていって街の外れの物置小屋に住むのだ。この物置小屋をレンガ建ての素敵な家に変えることだってできるのに、そうはしないで、魔法使いは物置小屋に住み続ける。で、結局死んでしまうのだ。人生でただの一度も奇跡を起こさずに。

(…)




фрагмент из повести «Чудотворец» Даниила Хармса

26 10月 2013

「雄鶏の叫びを」


雄鶏の叫びをただ夢に見るだけ
小窓の向こうでネヴァ川が霧に煙る
底なしの夜が長く、長く続く —
ペテルブルグのわけのわからなさ…
真っ暗な空に星は見えないが
死はそこらここらで、露わになる
だがのんきで、下品で、恥じらいもないのだ
仮面舞踏会のおしゃべりには



などとアフマートワも『ヒーローのいない叙事詩』で言ってますし、そういう季節

25 10月 2013

17 10月 2013

ドミートリイ・プリゴフ『警察官讃歌』より


『警察官讃歌』シリーズ(1978)より


ここの詰め所にケーサツカンがいる時は
ヴヌーコヴォまでずーっと広々、やつにはお見通しなんだ
西に東にケーサツカンは眼を光らせて
やつの後ろには何にもない
そして真ん中、ケーサツカンがいるところ
そこにはあらゆるところから注視の眼が注がれる
どこからでも見られるのさ、ケーサツカンのやつは
東からも見れる、ケーサツカンを
海からも見れる、ケーサツカンを
空からも見れる、ケーサツカンを
そして地面の下からも...
   そうやっぱり、やつは隠れることができないんだ


やつはご健在、昔からいつも変わらずぼくらの中にいる
リリエンクローンが、それからリルケが
詩で讃えたあの立派な勇者さまさ
あと他にも — まぁちょっと言ってみただけなんだけどね

ほらやつが行くよ、自分の恐ろしげな詰め所に
ケーサツカンが担当地区にいるとき
ぼくも有頂天で歌ってやるんだ
でも詩を捧げたりはしないけど



あるとき水兵さんがケーサツカンと出会ったんだけど
水兵さんにケーサツカンは言ったよ
「君、若人よ、お手本にならなければならないぞ
わたしのような、本当の成長ってやつのお手本にな

お前さんの視点では至上のものを見るには限界がある
情熱の風を吹かすことの意義を理解して
偏見というもろいものを超え高く飛びたまえ」って
「はい、そうですね」と水兵さんは答えその通りにしたのさ



作家会館のブッフェで
ビールを飲んでるケーサツカン
いつも通りのやり方で飲んでる
会館の主の「作家」たちさえ見ないで

作家たちの方はと言うとケーサツカンを見つめている
やつの周りは明るくて誰もいない
そして作家たちのいろいろな芸術は全部
やつの前では何の意味もないものなのさ

ケーサツカンはジンセイについて思いを巡らせる
「借金」のかたちでしかなかったジンセイについて
“生命は短く芸術は永い”とはよく言うが
でもけんかして勝つのは人生のほうだ



ほらあそこで「ケーサツカンなんて人殺しだったんだ」と誰かが言ってるけど
でも違う、ケーサツカンは人殺しなんかではなかった

ケーサツカンは地と天の狭間に不変に存在するものだ
だから一部のひとを、もしかして、殺したのかもしれない
すべてこの世の出来事は必然的なものだ
人殺しは、ひとを殺すために世に生を享けた
ケーサツカンは、身をもって法を体現するために。
しかしケーサツカンが服務中にひとを殺すなら
国の法を破壊しているのではない
彼は宇宙創造の神秘の法、そして
形而上学的な報いに値するのだ



取り調べには哲学がある
ぼくらのケーサツカンに聞いてみよう
「ここに容疑者がいますよね、例えばのはなし。
ケーサツカンと容疑者を緑のテーブルが別けていますが
ではこの2人を結びつけているものは何なのでしょう?」
「2人を結びつけるのは法、
彼らの上で勝利を支配する法である。
テーブルを通じて勝利が導かれるのではない
彼らは法を通じて勝利を導くのだ
そしてこの瞬間、イコンのように、
彼らはここにいるのではなく、法の中にいるのだ」



やつが詰め所にいた時分には
ここからケシの野は一掃されていた
でもケシの野がいまここにあるのは
やつが詰め所にいたからなのさ
その頃にはケーサツカン、やつ自身が
暇な日に、朝から目覚めて
その野に出て、鋤で
やつはやさしくケシの花を触れるように摘み取っていたものだ



通りのど真ん中に
ケーサツカンが立っている
泣きもせず顔もしかめず
他のみんなのお手本だ
でも誰が責任を取ってくれるのだろう
万が一ほらこの重大な瞬間に
地獄の第一アジト(*)に
やつが突入しないなら


苦難の歳月が過ぎんとするとき
力が深みから立ち上がり
秘められた野獣の歯が牙を剥くであろう
そのときいったい誰が僕らの命を守ってくれるのか?
その人こそ他の誰でもない、ケーサツカンさ
自分の損得を考えず
秩序を乱すものに対して
誠実に正当的に立ち向かうのだ


やつは生より死を選ぶ
だからいつだって守護者さまなのさ
死が目前にあっても
まだ死がおむつさえ着せられてても
あぁやつは死を何と理解していることだろう
どんなに肩に死を背負っていることだろう
いつも絶え間なく、その上
やつは両肩をびくともさせないのだ



首都モスクワにケーサツカンがいた
女の子が街を歩いて行った
やつはもちろん詰め所にいた
女の子が夜遅く出歩く時も
そしてこの瞬間だ、彼女のほうへ
走りよってきたのさ、3人の不良が一度にみんな
そして女の子を脅し始める
「よってたかってお前を裸にしてやるぞ」と
でもケーサツカンがすっかり気づいた
近づいてきてこう言った
「お前らがこういうことをすると法を犯すことになる
即刻やめたまえ!」と
女の子は素敵な眼で見上げた
やつの顔を、そして制服を
その空間では眼差しが交わされ
そして女の子は前途に日の出を見る



人びとはもう我慢できなくなった
プーシキン、プーシキンさん、助けて!
あんたのために火でも水でも入るから!
あんた、とにかく俺たちを助けてくれ!
まるで空の高みからのように土塊の中から
プーシキンの声が歌い上げる
「お遊びなさい、楽しみなさい
僕は悩んでいたのだから君らにそう命じます!」



ほらドストエフスキーがプーシキンのことを認めて
「飛びたまえ、と僕らの視界に入る小鳥は言うが
わたしは何をすべきかもうちょっと言うぞ
楽しみのためには2人で苦役をくぐり抜けなさい」と
一方プーシキンが答える「あっちにいけ、畜生め
詩人は自由で、恥ずかしいことなど何もないのだ!
あなたの煩わしい苦難など詩人にとっていったいなんだろう!
詩人の神さまは、ご自身が必要なところに使わしてくださる」



そして雨が降り、僕らはゴキブリと一緒に
湿った窓際に座っている
そして遠く、黒雲がやってくるほうを眺めると
慕わしい祖国が立ち現れる
ある非現実的なまぼろしのように
ぼくはいくらかの愛撫を込めて呟く
「もじゃもじゃのゴキブリよ、一緒に飛び立とう!
僕にはできない、ぼくにとにかくできるのは
逃げること、それだけだ!」
じゃあ逃げろ、逃げてしまえ



カトゥルスが小鳥、ヂェルジャーヴィンがウソ鳥と一緒にいるそこで
マンデリシュタームも忠実なカワラヒワと一緒にいるじゃあぼくは誰と一緒なんだ? ぼくは親愛なるケーサツカンと一緒にいる
ぼくらは到着して、ぐるっと巡検するのだ
ぼくは軽い影で、やつも...影のなかの影で巡検する
「これはいったいなんだ?」とどんなことにも自分のやり方で訊ねる
あそこに—全部で1羽、いや2羽か、あそこではぼくらはみな鳥たちなのだ
ぼくも、彼も、ケーサツカンも。


(*)地獄の第一アジト(Во ада первый круг):ダンテ『神曲』地獄編で描かれた地獄の「第一圏」だと解釈した。第四曲を参照すれば、地獄の第一圏は辺獄(Limbo)であり、そこにはソクラテス、プラトンなど、非キリスト教徒の古代哲学者が住んでいる。また文中во адаは破格であり、ад(地獄)とада(アジト・隠れ家を表す俗語)がかけられていると思われる。


<解説>
ドミトリー・アレクサンドロヴィチ・プリゴフ (1940-2002) はモスクワを中心に活躍し、アートのイリヤ・カバコフ、散文のヴラジーミル・ソローキンとともにモスクワ・コンセプチュアリズムと呼ばれる現代芸術の潮流の一翼を、特に韻文の分野で担った。 コンセプチュアリズムは、80 年代に世界中で流行したポストモダンのロシア的解釈と考えることができる。その全般的な特色は、ソ連期の公式芸術(社会主義リアリズム)の引用 [この手法はソッツアート(社会主義СОЦиализм+アート)と呼ばれている] と、多様なジャンルの折衷である。プリゴフは、代表作「警察官讃歌」で、肥大化した卑小とも言うべき「ケーサツカン Милицанер 」を作り出す。警察官は権力と切って離せない人物だが、権力の頂点にいるわけでも、民衆の中にいるわけでもない中間的な人物である。その人物を過度に高揚することで生じるアイロニーが単純におもしろい。日本では、幾分か粗雑なソローキンのグロテスク小説が一般受けしたせい(おかげ)でその上辺のショッキングさにほいほい付いて行く感じになってしまってちょっとあれだな、とは思ってるのだが、しかしコンセプチュアリズムは そもそもずっと権力の問題と対峙してきた「真面目な」潮流である。特にアートの分野では、ソ連末期にコンセプチュアリズムの芸術家は直接的な弾圧を経験している。その手先になっていたのが警察官である。プリゴフらは、その「真面目さ」を、ユーモラスかつ不真面目に、口元に笑いを浮かべつつ、時には後も見ずに「逃げ」ながら(я только бегать умею!)表現してみせる。ポストモダンはすでに「終わった」潮流ではあるが、こうした「笑って逃げる」態度は逆に清々しく、好感を持てる。

24 8月 2013

文字16「シティ・ポップ」(マシュマロウズ)

シティ・ポップ


げろなのかなんなのか分からないような、そんなものが道に敷き詰められて黒く擦れ焦げたアスファルトの上に、在るのです。それがある瞬間にうごめきだす時きみはそれをなによりもニンゲンだ、と思ってしまう、歩くひと、なんの損得も生み出さぬ会話にふけるひと、それらを差しおいてアスファルトから立ち現れるひとのカタチこそ人間だ、ときみはしみじみ思ってしまう、そういうある日のcity pop

朝5時、マンハッタン、イエローキャブ、変な臭いのする路地裏のビルからは夢を使い果たしてあの一滴と狂騒に換えた2人たち、救いようのない2人たちの複数・多数がゴキブリやネズミの類いと一緒に路に吐き出されてきます。金はゴミ箱の中のゴムの中身になるし昨晩(ゆうべ)の熱情はついに何ものも成すことがないでしょう、とあの娘は言う、知ってて笑ってるんだね、剥き出しの歯・歯・歯、矯正具の銀色の光は君をかみつぶし飲み込むでしょう、グロスを塗りたくった官能的な唇で味わうフラペチーノとグローバルビジネスの味はどう?痛いけどこれが君なりのcity pop

ぬるぬるの石鹸の身体で飛び起きる、ベッドは濡れ君は荒い呼吸をする。朝日の白さは君を眩しくするだけだ、白い光は痛い、痛い、君は叫んでベッドに倒れ込む。痛さと苦しみ、何もない日常の中で唯一それだけが現実のcity pop

頭痛をこらえて苦しく呼吸する君の耳、黒い髪が巻き付いた君のおいしそうな耳が何かを捉える。何かが呻いているようです。何かが弾んでいるようです。君はおそるおそる枕から顔を外そうと呻く。白い光が君の視界を奪う。
気がつくと君は荒れた茶色い地面に足をつけ立っている。知っている場所、ロッキー・マウンテン。君の鼻腔を懐かしい匂いが打つ。ジェロニモ。そう呼ばれた気がした。ジェロニモ。太鼓の音が近づいてくる。心臓がドキドキする。眼がシバシバする。どんどんこちらにやって来る。それは正しかった。それは君だった。君は呼んでみる。叫んでみる。ジェロニモ。ジェロニモ。ジェロニモ。ジェロニモ!

14.08.2013
マシュマロウズ@定演ライブ 

23 8月 2013

文字15「ねむられ」(マシュマロウズ)

ねむられ


一度「ねむる」と決心した者が、実際に眠りに辿り至るまでに50の歳月を過ごした。男は50の年月を、ここ、の現実からそちら、へと移行する段階に、確実にいたのだが、その実そのどちらにもたどり着くことのないあいだの場所にいたのだった。しかし50年を経た今日、男は何かを得る一方、その代価として何かを失い、その失われの過程の中で眠りを経験していたに違いない。ここ、乾燥した地面のどこかしらから水分を得て生き延びる植物らの赤茶けた土地で、男は初めの眠りを経験していた。
男は夢を見ていたのだった。男はいまや男であることをやめているらしかった。夢の空気は至るところ甘く、男であった者はすでにそれを存分に吸い込み、そうすることで夢を深くまた濃く見ることにしたようだった。
男であった者は、白い服を身につけ、白い夢を泳いでいる。自分は少女であるらしかった。そのきれいに磨き上げられた小さい爪の手を口元にやると、金属製の矯正具の冷たい硬さに触れた。
甘い空気はどこから漂っているのか。男であった少女が、いまはじめてゆっくりと目を開けることを決めたのちに、長い睫毛は律動をはじめたのだった。
そこはトイレだ。甘い匂いは手に持ったマシュマロの袋から漂っているらしいが、微かに混じる化学薬品の匂いはどこから来ているのか、彼女は不思議に思うふりを、ひとしきり演じてみる。マシュマロから漂っている気もする。しかし目の前にある洗浄用の緑の液体から彼女の鼻に到達していた可能性もいまいち捨てきれないのだった。あるいは、わたしの鼻がなにか化学的な製法によるのかもしれない。そう思うと彼女は下で口を開けて待ち受ける便器に向かって体のどこか奥の方から静かな笑い声をくつくつと吐き出すのだった。
どこか遠いとこらから他の少女らの軽やかで残酷な、あの特有の笑い声が静かに反響して聞こえてくる。反復運動をする靴と床の摩擦の音。運動する彼女たちのユニフォームの中で伝う汗の匂いが、トイレのなかに微かに残っていた。
少女はそういったもろもろの漂うものをひとしきり小さい鼻腔で吸ってみたのち、ひとりそこでマシュマロを頬張ることにした。緑か、白か、うすいピンクか、黄色か、青らしいものか。選択肢は多くあった。腰と肩のちょうど中間あたりまで伸びた黒い髪を細い指でくるくるしながら、彼女は大きめな目を潤ませ口を歪めることにした。選択肢なんてなければ良かったのに。まだ小さい頃に失なった選択肢たちへの哀悼の感情が、最近になって彼女の中で繁殖し、その静かだが限界を強要する仕草が、すでに彼女を脅かすようになっていた。半開きになった口から、矯正具の尖りが、ニュッと生えた。
ふっと彼女は立ち上がる。目を閉じて。そしてマシュマロの袋に手を入れると、一つつまみ出した。男にはそれは白いマシュマロだ、ということがなぜかわかった。
彼女は舌だけを少し出して、マシュマロに舌を近づけた。だが彼女の中で何かが突然倦怠し疲弊し、死んでしまったようだった。ふと気づくとマシュマロは落下の途上にあった。我々は、すなわち、男と少女は、何らかの行動の禁止を自らに強いて、動く眼球で、マシュマロが落下する光景を眺めていた。
最初に着水する面が洋式便所の溜まった水に触れた。
その時だった。マシュマロは膨らみはじめたようだった。最初は少しずつ。次第に2倍、3倍に。貯められた水の中で、マシュマロは成長していく。便器を、いつの間にかむくむく膨らんだマシュマロが占拠していた。しかしまだ膨張はやまない。その個室全体を埋めつくそうとするかのようだった。マシュマロは、彼女のワンピースの襞に触れ、か細い腕に触れた。彼女は目を開け、すべてをみて、鼻から空気を食べて、笑った。天国みたいだ、と彼女は思った。すこしめまいがした。
マシュマロは膨張していく。洗剤のボトルが倒れ、中の緑の液体がマシュマロの一部分を緑に染めた。つんと鼻をつく匂い。すでにマシュマロは彼女の背丈を越し、個室のドアを内側から押すまでになった。金属質な音をたてて便器が欠け壊れ、水が漏れ出て、彼女の白い靴を濡らす。彼女はますます大きな声で笑うことにした。
ふとマシュマロのなかに、なにか荒涼とした山地の茶色い風景を、彼女は見た気がした。手を伸ばすと、乾燥した空気に触れた。遠くに聞こえていた少女たちの声が、心なしか近づいてきたように思えた。彼女はそこから逃げるように、マシュマロの中に入っていった。

男は目を覚ました。男は男だった。痛む腰をおして起き上がると、さっきとなんの変化もないロッキー山脈の光景を、男は見た。手元の麻の袋をゴソゴソやって、男は、「ロッキー・マウンテン・マシュマロウズ」を取りだした。今夜のために火を起こすことからはじめよう、今夜はマシュマロを焼くのだ、と男は考えた。
男は、眠るために外した、右目の方に少しヒビの入ったメガネを取り上げて、かけた。立ち上がると、少しめまいがした。眠るのになれていない身は、これだから困る、とひとり呟く。そして男は粘った口から痰を吐き出し、衣服についた埃を手でさっと2回払うと、赤くそまりつつある夕暮れの山地を、今夜の薪を求めて、歩いて行った。


03.05.2013
マシュマロウズのために

22 8月 2013

文字14

穴と棒、口と口、皮膚と皮膚が合わさりながら毟りあう、のは、

なぜか他と他の合一を最終目的としている、というふうに思われる「愛」が究極的には成就しようのないものならば、その切なさを(あくまで比喩的、な)「食らうこと」に託すしかなかったわれわれだからだ

04 8月 2013

エレーナ・シュヴァルツの詩


灰色の日


胸騒ぎの中せっかちに話していた
時間が少ないから
稲妻が光っている間、身震いしつつ
のろのろと、逃げ回っていた
それともこれはわたしの血だったのだろうか
この静かに衰えてゆく存在は?
もう入って行く頃あいだ
神さまの芥子粒のなかに。
わたしの「父の家」教会では
いま全てが使い古されている
「父の家」教会では
天使たちがみな泣いている
時々天使たちは
メランコリックになることがあるものだから
どこかの疲れ果てたやせ馬のせいで
灰色の日に、
わたしは地上で生きていた
ぼんやりとした日に、
自分の勝利の時がある
たぶん聖霊も近づいてきて眼にとめるだろう
見ることなしに聖霊を見ることはできるもの
彼らの貧しさを喜びなさい、この斜陽を呪うなかれ
わたしたちのところにキリストがいらっしゃるのだとしたら
それはそういう貧しい日にこそいらっしゃるのだろうから

(1989、詩集『夜の航海図』より)


よくある間違い


焼却された古文書のところを
カラスどもはぐるぐる舞い飛ぶ。
黒めいた灰色の通りを
まったく太陽は気にもかけない。
コーヒーのせいで人びともぐるぐる
街の集会のなかで。
この「日」は新兵さんのようであり、
乾いた涙を見つめている。
日々が、そんな風な日々が、過ぎて行くのだ
「死」のときも「生」のときも
双子たちと一緒にあなたのほうに近づいて行く
見なさい、間違いのないように。
「生」と「死」の双子はただただ見つめる
彼が羽織った青がかったコート、
トルジコフスキーの手になるコートを
そして若い女性は2人とも舶来品風のものを。
口紅を塗った思わせぶりな唇
小さな腕には腕輪をはめて。
そしてわたしは彼らのうち一方に言うだろう
瞳に春を持つほうの者に
「もちろんあなたは(それでも)
「生」のほうなんだわ
あなたは物惜しみしないけど
貧乏なんだから」
しかし突然わたしは見た、
彼が骨に何か輪っかを持っているのを。
そして膝の上に乗って
わたしはもう一方のひとに言う
「愛する人、許してちょうだい!」
しかし心臓のなかでは
すでに恐怖が歌っている
刃の鉄ががちゃがちゃ言っている。
「言葉」は紙を焦すことはないが
端っこを黄色くはしてしまう。


1974


*エレーナ・シュヴァルツ(Шварц, Елена Андреевна、1948-2010)は亡命詩人で、最初の詩集はニューヨークで出版されている。ロシア国内では地下出版によって名が広まり、国際的にも成功したロシア詩人の一人である。彼女の詩はキリスト教的な背景を基礎に神話的世界を漂う。

31 7月 2013

イーゴリ・セヴェリャーニンの詩

シャンパン漬けのパイナップル!シャンパン漬けのパイナップル!
驚くほどおいしくて、シュワシュワでパチパチ!
ぼくはどっぷりノルウェー産のシャンパンに!はたまたスペインのシャンパンに!
プツっと湧くインスピレーション!で、筆を執る!

ヒコーキはアブ!クルマは疾走!
特急が風笛を吹く!ヨットは翼で飛ぶ!
こっちじゃ誰かがキスされて!あっちじゃ誰かがぶん殴られた!
シャンパン漬けのパイナップルは パーティの脈動さ!

神経質なお嬢さんのグループに、ご婦人連の刺激的な集まりに
ぼくは人生の悲劇というやつを見せてやる、夢まぼろしの茶番劇でね!
シャンパン漬けのパイナップル!シャンパン漬けのパイナップル!
モスクワから ナガサキへ! ニューヨークから 火星へ!

1915


*イーゴリ・セヴェリャーニン(Игорь Северянин、1887–1941)は「自我未来派(エゴフトゥリズム)」に数えられるアヴァンギャルド期の詩人。『シャンパン漬けのパイナップル』は彼の代表的な詩。他に、「俺は、天才イーゴリ・セヴェリャーニンさ!」から始まる『エピローグ』の詩も有名。革命前ロシアでデカダン的な生活を送り、革命後早い段階で亡命。
マヤコフスキーは『ズボンをはいた雲』などで揶揄。

30 7月 2013

文字13(上映会のために)


以下に載せるのは、21.11.2012-25.11.2012の期間中、東京外国語大学「外語祭」のなかで工藤が企画した上映会のレジュメからの抜粋です
企画について詳細はこちらを参照してください→ http://tweetvite.com/event/tufsrus2012

(1)ヴェルトフ「と」"カメラ" – "映画眼киноглаз"概説


 革命前後のロシアで「ロシア・アヴァンギャルド」という潮流がロシア芸術界を席巻する。その波は文学・絵画・演劇・写真・建築・音楽など文化のあらゆる側面に浸透し、文字通り芸術のあり方を全く変えてしまった。その波は、登場したてのメディアであった映画の分野にも浸透した。むしろ、新しい、無垢なメディアであるからこそ、芸術の新時代を夢見た同時代の芸術家たちを刺激した。そして現在、映画が、リュミエール兄弟やメリエスを脱し、”芸術”*ヴェルトフ自身は「芸術」という呼称を嫌っていたがの一形態となるきっかけが、先行するグリフィスや同時代のドイツ表現主義に並び、この時代に潜んでいる。

ヴェルトフは、エイゼンシュテインとともに、モンタージュ理論形成のパイオニアである。両者の考え方をあえて単純化するならば、エイゼンシュテインが、事実の、フィクションの次元での「再構成」を図ったとすれば、ヴェルトフの目指したものは、「事実そのもの」を、”映画眼”を通して組織化秩序化し把握することである*ここで一定の留保をつけるなら、「事実そのもの」など今も昔も存在しないということであって、恐らくヴェルトフの限界はここにある

ヴェルトフにとって”カメラ”とは人間には認識不可能な「いまそこにある現実そのもの」を知覚可能にするものである。彼によれば、人間の眼が一元的知覚即認識ないしは知覚→認識の線がかなり短いである一方、カメラの認識段階は多元的である。そして、認識の段階一つ一つにモンタージュが伴う。観察時/観察後のモンタージュ、撮影時/撮影後のモンタージュ、目測、最終的モンタージュ。ヴェルトフらキノキの考えによればこの6段階のモンタージュがカメラに伴っている。そしてそれぞれのモンタージュは、「可視世界の組織化」の役割を果たす。この「組織化」とは、ヴェルトフにとっては、世界をマルクス主義的に文脈づけることを意味する

従ってヴェルトフによれば、”カメラ”は、人間の眼には不可能な、現実の多元的な把握を通じ、何段階ものモンタージュを経ることによって、現実をマルクス主義に則って「正しく捉える」ことを可能にする。これが、ヴェルトフのいうカメラの特性としての”映画眼”である。人間の知覚は「わたし」の知覚にとらわれている以上主観があり、当然それに即した認識も「主観」の側に引き寄せられざるを得ない。”カメラ”はよりラディカルに現実そのものを知覚する、と彼は主張する。

恐らくヴェルトフに一番近い考え方を示した思想家に、ジル・ドゥルーズがいる。彼は次のように述べている。
映画が人間的知覚を越えて別の知覚へと向かうのは、以下のような意味でのことである。すなわち、映画は、あらゆる可能な知覚の発生的要素に、つまり変化しかつ知覚を変化させる点に、要するに知覚そのものの微分に到達するという意味でのことである。ジル・ドゥルーズ『シネマ 1』より)
ドゥルーズが知覚そのものの形象・プロトタイプとして「映画の知覚」を捉えたこの「時間-イメージ」という概念に近いものを、恐らくヴェルトフは共有している。しかしヴェルトフは言う。「”キノグラス”=私が”映画視”する+私が”映画記録”する+私が”映画構成”する」(同上、)。ヴェルトフは、カメラの知覚を「わたし」が秩序化するプロセスも重視する。それを顕著に示すのが、『カメラを持った男』の原題«Человек с киноаппаратом»(英語にするなら”A Man WITH a Movie Camera”)であろう。ヴェルトフは、”カメラ”の知覚を利用した、あるいは「わたし」と”カメラ”が一体となった、人間の新しい認識のモードをあくまで志向したと言える。

ヴェルトフの、”カメラ”が人間の認識に変革をもたらすというこの考え方はかなり先鋭的であり、この考え方は1960-70年代にかけて共産趣味にかぶれたゴダールに継承される。ジャン=ピエール・ゴランと共に、彼はヴェルトフの「映画眼」理論をかなり忠実に学び取った。この「政治の時代」のゴダールは、最良の作品を除けば非常に退屈な映画、ほとんど全篇に渡ってアジテートされ、耳と目をフランス語に陵辱されるような映画(ことによったらフランス版ジーバーベルクとも呼べるような)を量産した。資本主義国フランスにおいて社会主義的な「あるがままの現実」などあり得ようもない、恐らくこのためにゴダールはフィクションの世界(最たるものは『東風』における西部劇という舞台設定)と増殖する言語に「現実」を映し出し、それをもって「ジガ・ヴェルトフ集団Groupe Dziga Vertov」を自称する。もちろんゴダールのことなので、途中で「飽きて」しまったのだが。

参考
一、国書刊行会『ロシア・アヴァンギャルド3 キノ』所収、ヴェルトフ「キノグラス各班に対する暫定的戦闘要務令」、ヴェルトフ「”キノグラス”から”ラジオグラス”へ」
一、ジル・ドゥルーズ『シネマ 1
一、ゴダール『ゴダール全評論・全発言Ⅱ』、筑摩書房刊
 

(2)カネフスキーについての覚え書き



カネフスキーについて語ることはあまりない。『動くな、死ね、甦れ!Замри умри воскресни!』の鮮烈なラストシーンをとりあえずは見てほしい。その時点でもはやカネフスキーについては語るべき言葉が失われていることに気づくはずである。

カネフスキーは私たちを殺す。透徹の果てからくる荒みきった視線で私たちを撃つ。彼の映画を見るとき、私たちの言葉はすでに彼に殺されているのである。

カネフスキーの映像は、(53歳の映像とは思えないほど)粗雑な映像であるし、幼稚な感じを、一見するとこの映画から受け取るかもしれない。しかし見終わった後、私たちはそれは必然の結果であったと知るのである。実際この映画に無駄なところなどない。

とりあえず見てほしい。それ以上わたしに何が言えるだろうか。

29 7月 2013

27 7月 2013

カタルシツ『地下室の手記』

守護天使の死


わたしがいままで完全に自分とシンクロできた主人公が2人いる。ブレッソンの『白夜』とカタルシツ『地下室の手記』の主人公だ。見終わったあとに思わず「これは俺だ!」と叫んだ作品はいままでにこの2つだけだ。

この際実際に主人公が「わたし」であるかは重要ではなく、むしろ見終わったあとに「これは俺だ!」と思わせてしまうだけの強さ・俗に言って説得力が、確かにドストエフスキーの物語には備わっていることこそがわたしにとっては唯一重要なことなのだ。だからわたしが決してドストエフスキーを客観視できないことには、正当な理由がある。いやが応にも主人公がわたしだと感じさせてしまう強制力がある、その強さのせいでそもそも読む段階から主人公をわたしと同定して読むしかないのだ。

この劇は、観客に二重の枠構造を強烈に認識させることから始まる。2つの枠とはつまり「前口上」によって成る枠、そして「ニコ生」によって成る枠だ。
開演前のアナウンス終了後2分くらいして、ピンスポットに照らされて男の顔がこちらを伺い見る。ここがすでに劇の始まりなのだが、果たして本当にそうなのか。「駆け込み乗車」の話から、「これから始まる『地下室の手記』とかいう話」の話、演出家の話、口を指して「これセリフだからね?」というなど。またこの前口上の中でこの語りが「ニコ生」配信されるトークであることが明かされる。この枠の設定は劇全篇に渡り有効であり、物語に没頭しその枠を忘れそうになるたび上のほうにコメントが流れることによって枠を再び現前する。
こうしてこの2つの枠を設定することは、「見ること」「観客であること」を強烈に認識させてしまうのだ。わたしはただ「観る者」に過ぎない、劇は透明なディスプレイの向こうに存在する。

この劇で一番誠実なのは、基本的に男の妄想一人語りがのみに成るこの劇のなかで、唯一の大事件である「女」の話のパートだ。
風俗の女が、男に救ってもらいたくて男の部屋にやって来る。女は言う。「わたしを救いなさい!そうしたら2人こういう生活から抜け出せる」と。男は受け入れる。女を押し倒す。暗転。
再び明るくなった舞台は、どこか空気が違う。セックス後の倦怠感とかいう生易しいものではない。何かがおかしい。女が服を着るなか男は虚脱した様子で椅子に座っている。「なんかごめん」と男。観客のほうも女とともに、何かが変わってしまったと感じ取るだろう。何かがおかしい、と。
このパートの最後はまさに戦慄すべきものだ。去り際に女が感極まって男に抱きつき号泣する。男はそれに戸惑い、避けるように身体を引き離してしまう。そしてタンスの上にあった金を女に押し付けるのだ。
金...!ここで観客の側から「えっ!」という声が上がったのを覚えている。風俗店で金を払ってセックスをしなかった男を頼って来た女との関係を、金に集約してしまう!
この男の行動を「ひどい」といって指弾することは簡単だろう。だが少なくとも私にはそうする権利はない。なぜなら男はわたしだからだ。
金を介在さえさせなければ、本当に2人は救われたかもしれない、新しい生活のほうへ歩き出せたかもしれない。
だがリアルにはそんな希望など存在しない。救済の物語は嘘ばっかりだ。どうせ存在しない希望ならば、持ち上げられて叩き付けられる前に、自分ですみやかに救済を粉砕すべきだ。
ここには「守護天使」などいない。男がわたしたちの目の前で殺すのだ。
「救済」の安逸な物語を目の前で粉砕することに、この作品の誠実さがある。

...だがより根深い問題、それはこうして述べたこと自体、劇中で男の口から述べられてしまっているということだ。もはやエクスキューズにならないエクスキューズ。エクスキューズのエクスキューズ。男の語りは混迷をきたす。もはやこの次元では、わたしがこうして「クソブログ」に文章を載せるということ自体、エクスキューズにしかならないだろう。こうして男=わたしは、全方位を批判しながら、その全方位に自分がいることを発見してしまう。その果てにあるのは死だろうが、男は死にさえもしない。永遠に自分の傲慢な怒りの矛先に自分をおきながら自意識の中で、わたしと一緒に腐っていくだろう。


27.07.2013
カタルシツ『地下室の手記』
@赤坂RED/THEATER

25 7月 2013

文字11


【引用】
......でもそのあとかっと目を見開いたんだ、で、鏡を見たら、そこには、目を見開いて、おびえきった顔の男が映ってて、そいつの後ろには、二十歳くらいなのに見かけはあと十は上の男がいて、髭もじゃで、目の下には隈、がりがりに痩せてて、鏡に映った二人の顔を俺の肩越しに見てるんだ。実はそう見えたかもはっきりとは言えないが、無数の顔が見えたんだ、まるで鏡が割れてたみたいに、もちろん割れてなんかいないのはよく分かってたけど。......

【コメント】
一枚の鏡がある。その銀の光沢を眺めれば、必ずや「ぼく」の顔が見つめ返してくるだろう。その像はいかなる意味においても「ぼく」であるはずだ。なぜならその像が「ぼく」であると認識するとき、その認識の始原ではやはり鏡の中の「ぼく」が見つめ返しており、ぼくの人生で初めて鏡を見た時のその像に拠って、ぼくは「ぼく」を自称し得るからだ。少なくとも写真や映画が発明されるまではそれが唯一ぼくが「ぼく」であることを確認する手段であったし、しかしそれでも写真などの映像メディアにはタイムラグがあるがゆえに、リアルタイムメディアである鏡のその地位は揺るがないだろう。「ぼく」は鏡に向かって視線を放つ。鏡はそれを左右逆転させてぼくの瞳孔に「ぼく」を投げ返してくる。ぼくが頭の中でそれを処理する段階で、ぼくが変らず「ぼく」であることを確認できるとしたら、それは「ぼく」の一番最初の鏡像が存在しているからだ。ぼくはその意味で相対的に「ぼく」であるに過ぎない。ぼくは自分の顔を見ることが出来ないからだ。
だが、ある日をきっかけに、あるいは何のきっかけもなく、その参照関係が崩れたとしたら、いったいぼくはどうなってしまうのだろう。ぼくがふと何気なく鏡を見る。すると鏡から見つめ返してくるのはまったくの別人なのだ。

 
ここではまさにそういう事態が描かれている。だがここでもっと不気味なのは、その「別人」具合が明らかにされないからだ。この文章は、2人の男の会話の中で、一方の男が回想して語る台詞の一部だ。そういう枠構造がある以上、語り手の男の造形が第三者の視点から客観的に語られることがない。だから「目を見開いて、おびえきった顔の男」と書いてあっても、まずいつも通りの「男」の造形が分からないため、どの程度違うのか分からない。鏡に映し出されているもう一方の男、アルトゥーロ・ベラーノにしてもその状況は同じだ。どこが「別人」なのか、分かったところで別人の像であることは変らないにしても、「どう違うのか」がわかれば少しは分析的な目を持つことも可能になろう。だがここでは読者の目にまるで一枚ベールが掛けられたかのようだ。「よく見えない」ことは「見えないこと」よりも不安だ。「見えない」とき、わたしたちは存在を感じることさえない。だが「よく見えない」ときには不定形で曖昧だがしかししっかりとした形のある「存在」がたしかにあるのだ。それは恐ろしい事態だ。その存在がわたしにとって善いものなのか悪いものなのか分からないうちは、わたしのほうでもどう接触したらいいのかわからないからだ。存在と存在の間を薄気味悪さが支配する。
さらに恐ろしい事態は続く。無数の顔が見えてしまう。文章からは誰の顔だか分からない。もしかしたら鏡を覗く2人の男の顔が増殖しているのかもしれない。しかしここで無人称の「無数の顔」が表しているのは、恐らくそういうことではない。映し出されているのは誰ともつかぬ無限の顔だ。ここで少し開示することにすると、この物語の語り手はチリで左翼勢力の弾圧に関わった刑事たちであり、ベラーノはその弾圧の対象になった男だ。鏡を覗く1人は、その刑事の片方だ。その刑事が、鏡を見た時にみる無数の顔とはなんだろうか。
おそらく、弾圧の犠牲になった人々の顔であるはずだ。いままで刑事たちはリストに従って、尋問をこなしてきただろう。そうして一人一人「処理」していく過程で、尋問される一人一人の顔は消え失せ、数値化されたデータになるだろう。ある程度は仕事だから。しかしある程度は自分の精神の状態を安定させておくために。そうでもしなければ人の顔・顔が語りかけ、弾圧する者は狂ってしまうだろう。
それが、鏡の中で起こる。当然自分の顔が映し出されるはずだった鏡の中から、こころのなかに隠しておいた犠牲者の顔・顔・顔が無数に浮かび上がってくる。
男は度を失ってしまう。それがこの男の語る物語の結末だ。男が過去に向き合う原因となったベラーノを、男は射殺しようとする。無数の顔たちと同じように。それは当然のことだ。所詮一の者である人間は、無数の者には勝てないからだ。男は、自分にはどうしようもない「無数」を消し去るためピストルを手にするだろう。それは一時しのぎにしかならないが、せめて自分の慰みにはなるはずだった。
 
ピストルの引き金を引くのは簡単なことだ。狙いを定めて頭に一発撃ち込むだけでいい

20 7月 2013

19 7月 2013

15 6月 2013

文字7(ロシア語)

ロシア語には、Частных, Крученых, Белыхといった形容詞の複数生(前置)格をもって主格単数名詞とする姓があるのだが、近ごろそれらの姓たちのことを思いつめるあまり、-ым, -ам, -ыхのごとき語尾が蝶のように乱舞し交配し、挙句無限に無茶苦茶に連なった語尾のその鎖がわたしの首を絞めてあげていくような苦しい悪夢をみつづけていたのだが、正解は「変化しない」とのことで、わたしは久方ぶりに安眠を取り戻したのだった

03 4月 2013

文字6(こと)

わたしでありながらだんだんとがけのほうへはいつくばりにじりよるようにしてわたしでないもののほうへとすすむこといがいにいきることについてなにかたのしみがあろうかというかそれいがいのいきかたができることじたいがわたしにとってすでにかなりのおどろきであるというかそういうあるいみとうぜんのぎもんをとうぜんにもたないことがとうぜんではあるとはいえそうしてわたしはいきをしているかぎりわたしでないもののほうまたはわたしのようなもののほうへとじりじりとひきずられつづけている

22 3月 2013

文字5(かわいい)

外から眺める限り、では、どうやらそこでは同一化が起こっているようだ。同一化は増殖だ。増殖はどこへ向かっているのだろう。
彼女たちの顔、匂い、仕草は模倣されたものであり、あまりに同一なので、そこに個を超えた同を見いだしたほどだ。
「同」の源泉を見いだした者が喜びのあまり涙を流すのを見た。
それはどこへ行くのだろう。ある時点で、上回ってしまう事態(飽和)が恐らく存在する時に。

21 3月 2013

文字4(ケイジ)

ケイジを終えてからとてつもなく身体が重い。いくら寝ても寝足りない。どうやら人と会話はできているようなのだが、自分で言葉の意味を理解できない。言葉が一人歩きする。わたしとは関係のないところで、「会話」が進行してある。
現実のあらゆる感触・「実感」に関する「メタ」な感覚。ぼんやりとした感覚。何かをつかむたびに何かを漏らしてしまう感覚。
5ミリくらい地面から足が離れている気がしてならない。何度も地面を触って確かめてみる。あるのだが、その「ある」さ加減がよくわからない。
これ以上なにかをはなしたら飛んで行ってしまいそうだ。

16 3月 2013

15 3月 2013

文字2(ある嘘について)

エル・グレコ展やらラファエロ展に行くたびにどこか白々しい感じを印象としてわたしが受けるのは理由のないことではないのではなかったか。
あれらの皮膚はみんな白人のそれなのだ。イエスもマリアもみんな「中東のひと」なのに。
西洋の美術はこういう大きな、白々しい「嘘」の上に成り立ってきたのだった。

14 3月 2013

文字1(父のこと)

久方ぶりに帰省したところ、父がコカ・コーラにはまっていて、驚くわたしに「すっきりするんだ」とはにかんで笑ってみせた。コーラなど小さい頃は目にすることも罪悪であると言わんばかりの扱いだったのを、わたしは遠くから考えた。

ここまで20年かかったのだった。

10 3月 2013

09 3月 2013

Укрощение таланта

昨年7月にロシア文化放送でやった、ロシアアヴァンギャルド関係の番組「Укрощение таланта(才能の抑圧)」の動画が一部アップされていました(多分違法)↓

Лазарь Хидекель (ラーザリ・ヒヂェーケリ;建築家)
→日本のメタボリズム建築("生長する都市")と結びつける視点。http://ru.wikipedia.org/wiki/Хидекель,_Лазарь_Маркович





Натан Альтман(ナータン・アリトマン;画家)
http://ru.wikipedia.org/wiki/Натан_Альтман


21 2月 2013

スーザン・バック-モース『夢の世界とカタストロフィ』

射程の広い本だ。
わたし自身は、ロシア・アヴァンギャルドの文脈からこの本を知ったのだが、その範疇には決して留まらない。というよりもむしろこの本のテーマそのものが「越境性」であるように思われる以上、これは当然のことだろう。

著者バック-モースは、マルクス主義のバックボーンを下敷きにして、「東」と「西」との共通点を見いだそうとするばかりか、自分自身をその歴史上に文脈づけて自ら「橋」になろうとする。
「マルクス主義のバックボーン」、と聞いてわたしと同じように若干戸惑う人もいるかもしれない。しかし、何か言説をしようとする際に何かに頼らずに言説を行うことが、一体可能だろうか。芸術を語る際にいくらかの政治性を帯びるのは、現代において避けられない。ましてやアヴァンギャルドという、政治と芸術の蜜月期を扱う本である。何らかの政治性は当然賦与されるものである。

この厚い本を読むのは楽しみ以外の何ものでもなく、この「本を"ひもとく"感触」、その心地よさを久しぶりに味わった気がした。

まずは構成の実験性が目を惹く。 第Ⅰ章「政治の枠組み」では、テクストが上下で2部に分かれている。テクストと、そこから派生し分岐したハイパーテクストである。
また数多くの図像(それは「理解を助ける」態のものではなく、完全に「テクスト自体」なのだが)や、第Ⅵ章「ライブの時間/歴史の時間」と題されたバック-モース個人のヒストリー、圧巻の注釈の量、などがこの書を異形のものにしている。

第Ⅰ部は、政治理論の部である。ここでは「経済と政治の分離」の問題、「国民国家=空間、階級闘争=時間」論など興味深い論が示される。
第Ⅱ部は、大きく言えば「モニュメント」についての部であると言える。「不滅性」を現実の相に転写すること。「芸術」→「生活」へ。「新しい人間」。ミイラになった「レーニン」。アヴァンギャルドの芸術家の前に、そもそも政権側が相当ぶっ飛んでいたこと(「不死化委員会」)。
第Ⅲ部は最も壮観な部だ。現代美術家(カバコフ、ソコフ、プリゴフ)とアヴァンギャルドが交錯し、アヴァンギャルドの最も「共産主義的」である部分はアメリカの最も「資本主義的」である部分と共鳴し、ヴァルター・ベンヤミンの言葉が交錯点を示す光となる。新しい身体(リシツキー、ガスチェフ、ヴァジム・シドゥール)、新しい建築(マグニトゴルスク、→新しい家族=皮肉にももっとも保守的な形態の家族)、新しい眼(ヴェルトフ、エイゼンシュテイン)。大衆であること。キング・コングとレーニン!
第Ⅳ部は、著者バック-モース個人のヒストリーをメインに、Ⅲ部で語られた事象についての解釈の試み、ソヴィエトにおける「ポストモダン」の可能性の萌芽、崩壊直前・後のソヴィエトにおいて「左」であることの困難さ。などが、著者とその他新鋭の哲学者たちとの交流、政治的衝突などを通じて、いささか感傷的に物語られる、異形のレクイエム的な章である。
それはあらゆる「あり得たもの」・「可能性」に対しての鎮魂となるはずである。それはもはや失われてしまい、もう二度と戻すことは出来ない。しかしそれこそが「ユートピア」なのだ。「ユートピア」は消えてしまったのだが、「ユートピア」とは夢見られ、消えることがその存在を可能とするものだ。 アヴァンギャルドの可能性は「ユートピア」である。それは今は消えてしまったからこそ「ユートピア」としていま現存する。逆にそれが「ユートピア」に留まらないとしたら、それは少し恐ろしい事態かもしれない。そのあまりの革新に対してわたしの身体はあまりに弱いからだ。
そしてアヴァンギャルドに著者バック-モース個人のヒストリーが重ね写し取られることで、ソヴィエト末期の哲学の萌芽も真空パックされ、「ユートピア」になるのだ。

それは懐古ではない。この本に刻み込まれたあらゆる傷が、痛みがそれを語る。その痛みは今ここで、わたしが感じるものとしての痛みである。

Susan Buck-Morss "Dreamworld and Catastrophe"(2002)
スーザン・バック-モース『夢の世界とカタストロフィ』(堀江則雄訳、岩波書店、2008)

追記:例えば八束はじめ『希望の空間』(住まいの図書館出版局、1988)や沼野充義編『イリヤ・カバコフの芸術』(五柳書院、1999)、グロイス『全体芸術様式スターリン』(現代思潮新社、2000を平行してして読めばテクストの次元がさらに拡張されることだろう。特に『全体芸術様式スターリン』は、バック-モースも提示しているロシア芸術史における「アヴァンギャルド」/「社会主義リアリズム」/「コンセプチュアリズム(ソッツアー含む)」の3つのフェイズを図式化・体系化して理解するのに大変役に立つ。この3つはお互いに密接に連動しているのである。

20 2月 2013

フレデリック・ワイズマン『最後の手紙』

最近見た映画の中では一番良かった。号泣した。

原作は、最近浩瀚な翻訳が出たワシーリー・グロスマン『運命と人生』(みすず書房、2012)。

この映画の主人公は、とそこから恐らく書き始めなければならない。主人公は老女、あるいは老女の2人、あるいは5人、または複数である。画面には年老いた女が一人いるだけである。しかし光が彼女の身体に当たり、壁に影が投げかけられると影は即座に語り始めるのである。それは最初は影と老女の2人なのだが、次第に増殖し5人、7人、あるいはそれ以上になる。そしてそれは彼女と影が存在を「分配」するのでは決してなく、存在が複数化し、倍増するのである。
それは、その存在感はそれを見るものである1人の(1つの視線しか持たない)わたしを強さでもって圧倒する。
さらにカメラがクローズアップすると、彼女の眼が、鼻が、皺が語りだす。何と雄弁であることか。

そしてもう一つ注目するべき点は、本の力だ。ゲットーという最低の状況でも本を読みつづけること。フランス語を学ぶこと。そしてそもそもこの映画の起点である「手紙を書く/読む」こと。それが極限の状況において最後の支えになるのだった。その支えがなければそもそも人間であることさえ可能かどうか?
こういう事態は、文学をやるものとして大きな感銘を受けざるを得ないし、「ブンガク」というものが存在するかどうかもわからないけれども、なにかそこに「(他人によって)書かれたもの」が存在するということ、ただそれだけのことが人間にとってここまで大きなものなのだと思うと、その営みに崇高ささえ感じてしまう。

この映画は、絶対に、たぶん、フィクションである。ドキュメンタリー映画監督ワイズマンには珍しいことだが、これは「絶対に」フィクションである。そのフィクション性は、ダヴィデの星を身につけた(コスチュームというにはあまりにシンプルな)コスチューム、映画のカメラの前で再現されていること、原作が存在することによって明らかであって、このためにこの映画は「絶対な」フィクションである。
しかし同時にこの映画は「たぶん」フィクションであり、フィクションでない。
「希望の少ない人ほど善人だ」「どんな言葉もわたしの愛を言い表せない」、そして究極的に最後の最後、「生きて!生きて!」の叫び。老女の眼にある涙、そこにあるものはあらゆるニヒルを乗り越えて押し寄せる真実み以外の何だろうか。

こういう映画をみてしまうと、しかも自分で笑えるくらい涙を流してしまうと、曲がりなりにも自分が人間であることに思い至る。

Frederick Wiseman"La dernière lettre"(2002)
19.02.2013 @オーディトリウム渋谷、特集上映「「演劇」と映画館の『親密さ』」

16 2月 2013

フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』


最近やっとトリュフォーの『大人は判ってくれない』を見たのだけど、つまんなかった。
『動くな、死ね、甦れ!』 がよくこれと比較されて言われるので、期待していたのだが。

何が違うのかと言うと、底が違うのではないだろうか。
『大人は〜』では、どこまで落ちても、父、母、親友、最後の最後には鑑別所が、「底」となってドワネル少年を支えつづける。最後に完全に一人になって海を目指すのだが、所詮どこまで言っても「底」は抜けないのだ。
ところが『動くな〜』にはそもそも「底」がない。無底の映画だ。ワレルカは全くのゼロの状態にいるのだが、映画が進行するに連れて、そのただでさえない「底」を、マイナスのほうへさらに掘り下げようとする。ワレルカだけではなく登場人物全員が。それは当然のことながら痛みを伴う。そして「底」の底には私たちが、第三者を装って澄ました顔で座っている。「底」を突き崩し自壊していく痛みは直接観客である私に突き刺さり、その映画経験を唯一無二のものにする。その痛みの点で。
(*ただし「天使」として想定されたガーリャだけは「底なし」の人々の中で異彩を放ち、周囲に光を投げかけるのだが、最悪な形で死んでしまう。)

『動くな、死ね、甦れ!』を言語化する手だてを、初見時、たしか4年くらい前から、探している。私には適切な言い表し方が未だにわからない。こうやってその時々に話せることを話せるだけ話していくしかないのだろうなとは思っている。

François Truffaut"Les Quatre Cents Coups"(1959)

15 2月 2013

ミクニヤナイハラプロジェクト『静かな一日』

「かもね」の劇


あり得たかもしれない「かもね」は常に過剰にあるのだが、私はその中で特別選ぶこともせずあるひとつの「かもね」を生きている。ほかの「かもね」はないのだ。なぜならある「かもね」、わたしのこの「かもね」が嫌で、他の「かもね」を切望するとしても、その「かもね」に到達した時点でその「かもね」自身が私の、忌むべき、一つしかないという性質ゆえにほかの「かもね」より過剰に「重く」思われるような「かもね」になり、他の「かもね」は他の無限さに移り変わって無限の他の「かもね」を形作ってしまうからだ。
私の、この一つしかない(ように思われるような)「かもね」は確かに、その「かもね」であること、その一つの可能性しかないのだけれど、例えばアレルギーを起こしてみたり(蟹の甲羅)、ムカついてみたり(「ムカつく!!」)、愛情を込めて好きな人を殴ってみたり、究極的にただただ単純に「死にたくない!」と叫ぶこと。これらのことによってある唯一の「かもね」に対して圧倒的な違和感を表明したり、異議申し立てをすることは可能なのではないか。
私にとってこの「かもね」は絶対のように思われるけれども、その実、この「かもね」も無限にある「かもね」の一つに過ぎなかったのだった。
例えば「夢」または「現実」(「目を閉じてごらんなさい」/「目を開けてごらんなさい」)に見るイメージの氾濫のように、その「かもね」はある「かもしれない」し、ない「かもしれない」。たぶんどちらかと言えば「ない」かもしれない可能性の大きな「かもね」だ。
私の初めて見た矢内原美邦関係の舞台は、NibrollのThis is Weather News』だったのだが、この時は、地震の直後であり、事態をまだ消化しきれていない中、「人が上から降ってきてゴミのようにたまる映像」などが表しているように、矢内原の地震を巡る不安定さを、むき出しのままこちらに突きつけていた気がする。わたしにはその経験が少し強すぎて(実際途中で席を立つ人もいた)、矢内原関係の舞台は遠慮していたのだけれども、今回のこの『静かな一日』はより抽象的になり、落ち着きを取り戻していたように思った。
日常であること、は地震のあとすでに当たり前のものではなくなってしまった。何気なく提示される「カレンダーの明日の予定」さえもなぜか不気味に思える。そういう「かもね」を生きることになってしまった。
だがそれは唯一の「かもね」かもしれないが、無限の「かもね」の単なる一つでしかないとも言える。無数に立ち並ぶ家の一軒一軒は、いくら外見が似ていようとも中が同じものは一つとして存在しないのだ。
ひとつの「かもね」 に縛られざるを得ないし、逃れられはしないのかもしれないのだが、私にはまだ他の「かもね」がある。その「かもね」をユートピアとして見つつ生きることだ。
劇は狼少年の寓話になぞらえた「『来るよ!』って言わずに『来るかもね!逃げたほうがいいかもね!』」 という男のセリフで、唐突に幕切れを迎える。

結論を言えば、『静かな一日』は、すごくエンカレッジングな舞台だった。私が久しぶりにこうして文章にして書き残したいと思ったくらいの余韻を残し、高揚した気分で劇は終わった。

15.02.2013 @吉祥寺シアター