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ロシア現代美術まとめ

今年自分に課したテーマ[①コスミズム界隈の地図を把握すること(ロシア思想の概略をさらうこと)。②ソ連崩壊前後(80-90年代)のアート、思想、音楽界隈の地図をつくること。③現代詩人リストの更新、訳の継続。]のうち、この記事では②についてさらっておこうと思います(ただし主に美術について)。

これに関しては自分一人ではとてもかなわなかった。10月頃だったかと思いますが、「鉄のカーテンの時代の反社会的なソビエトアート」というレクチャーシリーズの存在を知りました(確かtwitter上で本郷のMitteさんがリツイートしてくださっていたのだと思います)。7月に第一回があったようで、毎月第四木曜日に開催されています。講師はNadia Kozulinaさん、東京在住のグラフィックデザイナーの方です。私は11月の第5回に初めて参加することができましたが、内容と雰囲気を含めトータルで素晴らしかったので、毎回参加しようと心に決めました。

社会に出ながらどうやってロシアとつながり続けていられるだろう? という問いを自分に課しながらいろいろな形で試行を、この1年間やってきました。そのなかで一つのヴァリアントとして思いついたのが、「大学をもう一度やる(いま、ここで)」という発想です。正直、いまの制度としての大学には希望を見出せません。特に人文学は大学の中で肩身の狭い思いをすることを強いられている。そんな状況の中で自由な学問などあり得るべくもありません。そういった形で現れてくる大学の危機と、私自身のロシアとつながっていたい(そのための勉強を続けたい)という欲望が、「新しい大学」というひとつの妥協点を見つけたのだろうと思います。

ジャック・デリダは『条件なき大学』という本のなかで条件なく生じる、別の仕方であるような大学について語っています。「条件なき大学は、当の無条件性が告げられうるいたるところで生じ=場をもち、自らの場を求めるのです。この無条件性が、おそらく、(自らを)思考をうながすところならどこにでも」。デリダの考える大学は流動的で、開放的です。我々が大学に入る、のではなく、我々から大学が生まれる、または我々が大学である。荻窪からも上石神井駅からも遠いスペース「あなたの公-差-転」でこの「ソビエトアート」のレクチャーが開かれていますが、11月に初めて参加したときに、わたしは「これが、あの条…

ロシア思想2016

公開日:2016年12月30日
最終更新日:2017年3月27日

今年やりたかった勉強が3つあって、それは10月10日にツイートしているとおり→①コスミズム界隈の地図を把握すること(ロシア思想の概略をさらうこと)。②ソ連崩壊前後(80-90年代)のアート、思想、音楽界隈の地図をつくること。③現代詩人リストの更新、訳の継続。 というこの3つです。ここ半年はだいたいこの3つの目標に沿って、自分で自分に対して大学をやっていたのでしたが、今回はそのうち①ロシア思想のまとめ的なところの読書を総括するためにこの記事を書くことにします。

日本語で読めるボリス・グロイスまとめ(自分用)

2017年1月のグロイス来日に大きな大きな期待を込めて。自分用のまとめです。(以下、訳者の名前は敬称略とさせていただいた。)
他にご存知のものがありましたら、ご教授いただければ幸いです。

2017年6月4日最終更新

《書籍》
・『全体芸術様式スターリン』亀山郁夫・古賀義顕訳、現代思潮新社、2000年。
・『ART POWER』(http://groysinjapan.tumblr.com/art-power

《その他出版物》
・「スターリンという様式」(古賀義顕訳):『総合文化研究』1号、東京外国語大学、1997年。
・「西欧の下意識としてのロシア」(楯岡求美訳):『現代思想』第25巻4号、青土社、1997年4月。
・「芸術のスピード」(秋山聰訳):『ヨーロッパからの8人』展図録、群馬県立近代美術館、1998年。
・インタビュー「ボリス・グロイスに聞く 全体主義とロシア」(聞き手・訳:貝澤哉):『批評空間』第2期第20号、太田出版、1999年1月。
・イリヤ・カバコフとの3つの対談(北川、貝澤、守屋訳):沼野充義編『イリヤ・カバコフの芸術』、五柳書院、1999年。
・「観客のインスタレーション」(清水穰訳):『イリヤ&エミリア・カバコフ 私たちの場所はどこ?』展図録、森美術館、2004年。
・「”子どものとき”を計画する」(籾山昌夫訳):神奈川県立近代美術館編『イリヤ・カバコフ「世界図鑑」:絵本と原画』、東京新聞、2007年。
・「生政治時代の芸術」(三本松倫代訳):『表象 05』、表象文化論学会、2011年。
・インタビュー「アメリカの外ではスーパーマンしか理解されない」(上田洋子訳):『ゲンロン1』、ゲンロン、2015年。
・「ロシア宇宙主義 — 不死の生政治」(上田洋子訳):『ゲンロン2』、ゲンロン、2016年。
・「アート・アクティヴィズムについて」(大森俊克訳):『美術手帖』2017年5月号(通号1053号)、美術出版社、2017年。

《web媒体》いずれも2016年11月30日閲覧。
・「ユダヤの逆説、ヨーロッパの逆説:テーオドール・レッシングの『ユダヤ人の自己憎悪』によせて」(中澤英雄訳):初出は『思想』第806号、岩波書店、1991年とのこと。論文の初出は1984年、レッシングの著作に寄せられた論文。
・「新しさについて」(鷲田めるろ訳):金沢2…

ボリス・ルィジイの詩

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おとこのこ 別離の痕跡をもとめて 手の爪をなぞる
春には林檎の木が花を咲かせる
ヴェスナ=春が鳴らすモノラル音声
犯罪者の符丁の響きが 不安を煽りすすり泣く

学校の机に座るようにして カード遊び
セリョーガ・Lが窓からおしっこする
このようにすべてが快い まるで明日
古い映画のように 戦争が始まってしまったかのよう



なんでもたくさんあった 音楽もいっぱいあった
映画館のチケット売り場にはほとんどいつもチケットがあった
赤い路面電車に乗るのは 癇癪持ちのフーリガン
どこともない場所へと向かう

音楽は少なくなった
乗客も。路面電車は車庫に入ったのだから。
それでぼくらも外へ出た 映画館から秋のなかへ
そして散歩したのです ながい

人生の並木道を。夏についての
映画だった、しあわせについての映画。だがふしあわせについてではなかった。
最後列には ビールと煙草。
ぼくは絶対に最前列には座らないだろう。



ロシアは 古い映画だ。
なにも思い出せなくても それでも
後景に老兵が
腰かけ ドミノをしている。

たくさん飲んでぼくが死んでしまったら
ライラックは風に揺れるだろう
それで永遠に 半ズボンを履いて
中庭を駈けまわる あの男の子は消え去ってしまう

白い眉の老兵は
甘いお菓子をポケットにしまうのだが
思うことになる どこに行った?と
それでぼくは最前景に出ていった。


*「ヴェスナ=春」:ソ連時代に発売されたポータブルカセットプレーヤーの名前。

Рыжий, Борис Борисович
из собрания стихов "...и все такое..."



アリーナ・ヴィトゥフノフスカヤの詩

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(わたしは戦争) わたしは戦争。わたしはあいまいな現実の下僕を忠実に護る者。
忌々しい神が震えていた。貪欲な小鬼が神を嘲笑っていた。
年端のいかぬ兵士たちが恥を知らぬ空を撃つ
装填された指から。若者にとって死ぬことは易しい。

三島は何をみたのだろう、凡庸な太陽と鉄のなかに?
自分が殺したものから 狩人はいったい何を求めるというのか?
年端のいかぬ兵士たちが恥を知らぬ空を撃つ
装填された指から、捕えられた者たちの騒然たる煙。

ぶらぶらと通り過ぎてゆく恐るべき猛獣は退屈している。
忌々しい神は無防備、黄色いゴムのキューピー人形みたい。
誰が松葉杖にロリータ少女のストッキングを履かせてやるものか?...
誰がロリータの小さな脚を自分で覚えておくものか?

零(ゼロ)たちと尻の煙霧の分析者?
獄中の犯罪的な夢遊病者とポケットサイズの偏執狂?
コカインの王子様と危険なまやかしの鑑定人?
それともそうも考えられるような 不器用なハンバート=ハンバート?

暗闇のキャプテン。無神論者の絶対の零たち。
ピストルの淫売。殺された兵士たちの売春婦。
わたしの死んだ肉体は、醜悪な花嫁のよう、少佐の
美しい骸骨にぶらぶらと吊られ。そして地獄へまっさかさま。

私は十字架たちの花嫁。鉤十字の楽しげな太陽さん。
クンストカメラの女王、強制収容所の女所長、
現実を超えたキュレーター、私にとって死の恥知らずな明瞭さは
偽の芸術や現実の臆病な考えよりも好ましい。

黒い正方形、正方形、正方形どものかわりに
壁に人を、人を、人間を壁に掛けよ。
人間(蛆虫じゃなく!)(錫のお手製兵隊人形でもなく!)
わたし、これが好き、好き、好き

頭のおかしなキュレーター、キュレーター、キュレーター
斧の、または苦役の、悪魔的な友人
お手製の正方形の黒い地獄のかわりに
馬鹿みたいに古ぼけたフロックコートを着たマレーヴィチを吊るした...


*アリーナ・ヴィトゥフノフスカヤ(Витухновская, Алина Александровна、1973-)はロシアの女性詩人。1993年散文集『Anomalism』でデビュー。90年代に麻薬所持疑惑で二度逮捕されているが、その度に錚々たる文化人たちが抗議声明を出し彼女を擁護している。ヴィデオアートなども手掛ける。


ピョートル・パヴレンスキーインタビュー(2016)

ピョートル・パヴレンスキー(Павленский, Пётр Андреевич、1984-、当時のレニングラード生)はいまロシアで最も有名なアクティヴィスト=アーティストといっても過言ではない。パヴレンスキーはその行為の過激さで有名である。Pussy Riot支援のために唇を糸で縫ったアクション「縫合」(2012年)を筆頭に、裸体に鉄条網を巻きつけたり(アクション「屠殺体(トゥーシャ)」、2013年)、自分の陰嚢を赤の広場の地面に釘で打ち付けたり(アクション「フィクセイション」、同年)といった観る者にも痛みを抱かせるような自傷的行為を行う他、ペテルブルグの橋上でタイヤを積み上げて燃やし金属板を叩いて音を出すことでウクライナのユーロマイダンを再現する集団的アクション「自由」(2014年)などを行ったアーティストである。2015年にはロシア連邦保安局の建物のドアに放火した(アクション「脅威」)が、これがもとで逮捕・拘留された。裁判では有罪となり、約50万ルーブルの罰金が科せられた。

アレクセイ・パルシコフの詩

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TSe湾の地震 エヴゲーニイ・ドィプスキーへ
朝、テントが私のうえに
倒れてきた そして感じた 地形が
雌鶏の鶏冠のように
引き攣ったのを

足下を砂が這い回り
水が入った洗面器が私目がけて斜めに飛んできた
靴の片足が私を跨いでゆき
もう一足は 曠野が試しに履いていた
私は気持ちが悪くなり 目が見えなくなった
どこにあるのだ 私がその周りで振り回されている
あの仮想の足場は?

水平線から 未知の都市がちらと浮かんで
消え失せてしまった

私はみた ひとが2人窪地に横たわっている
陰のかかった ぐちゃぐちゃの泥の上に
男のほうには 力強い肩甲骨
女には 珊瑚色の脚
一匹のキリギリスにそっくりだ この人たちは 一緒にいると
金色の窪地に座すキリギリスに
男は 震えながら女のなかで長いこと彷徨っていた
エネルギーが環になって散っていった
女の脚をもつ キリギリスだ

我にかえって 私は待っていた 砂は麻痺し
鎖を解かれた貨物列車は錆びてしまっている

雲はとぐろを巻き 瘤のよう
善き力が通っていった 沿岸部を
そして 再び己れを引き裂きばらばらになったのは
ヨーロッパのマント ポロニウムが
身をくるんでいたのだろうか? ドスン! グサリ!

私はどこにいるのだろう? 窪地のところに 丘がある。

大地は 円錐形なのだ
しかも切っ先に取り残されている
その切っ先は蛇のごとくのたうちまわる
希望は むなしい。
貨物列車は 加速しているようだ
その場ながら袋小路で踊り歩いた
二重螺旋が2つ
ひとの中 ほど近く遊んでいた

私は歩いていった 忘我の境地にある二人組から
離れて向こうの方へ、
だが 何百メートルか
行くと私は 脚までぞくぞくと
身震いを覚えた、
rabbitという単語が脳裏をよぎった、
魔法をかけるような胸騒ぎに
映画のように 輝きを放ったのは、
喪われし棲息環境だ、
ガチャガチャと音を立てたのは 喪われし鎖だ、
私たちと最下等の生き物を結ぶ鎖:
雷帝が震えた
ラマルクとトカゲどもを和解させて
大気が震えた
私たちと空虚を 司祭アヴァクームと
ニコン総主教を 和解させて
巨礫が 弁のように
身を震わせた。白黒映画が
ばらばらに壊れてステレオになるように
機械の震えのなかで
新しい座標が
喪われたものを 探り当てた。
キノコ採りの女のように もつれ合った
視界の道がパッとひらけ…

アヴェティク・イサハキャン(重訳)

(アレクサンドル・ブローク訳)

谷間に、サルノの戦さの谷間に、
胸に傷受け、従者が死にゆく。
傷は 焔のよう 闢いた薔薇の花だ
小銃が 手から落ちる

血に濡れた野に きりぎりすが鳴く
瀕死の眠りの抱擁のなか
死を遂げた従者は知る 眠りが誘う夢のなか知るのだ
故国が自由を手にしたと・・・

畑の夢をみている 風に穂がざわめく夢を
夢をみている ジャキジャキと音たて 大鎌が煌めく夢を
少女たちが穏やかに 干し草をかき集めている そして聞こえる
その声はみな 彼のことをひそひそ噂する・・・

サルノの谷の上 雲が鬱々とたちのぼる。
渓谷は涙に濡れた。
打ち倒された者の黒い瞳を啄ばむは
野に舞い降りた 一羽の鷲・・・



(ボリス・パステルナーク訳)

黙として ぼんやりと 亡霊のように ふっと
どこかへ突き進むは 私なる存在
霧ふかき夜の 忘却の海のごと
ただもの哀しい波の跳ねかかる音として
こころは現れる 夢のように 存在したり 失くなったり



愁いに沈み 私は歩いていた 低い山並みに沿って
恋なるおのれの宿命を 嘆きつつ
そのため息を 風がさらって行ってしまった くるくると回りながら
そうして羽根をばたつかせ 連れ去って行ってしまった 曠野へと

その時から 私の声が どこか遠いところから
ふとした時に 聞こえてくるのによく気づく
私のように 風は あなたの扉をたたく
だが 私のように あなたは疾風にも気づきやしない



*アヴェティク・イサハキャン:1875-1957。アルメニアの詩人。これは1915年の詩。詩中「サルノ」は、トルコ=アルメニアの山地にある地名だという。

リタ・ブミ=パパ*アフマートワ

リタ・ブミ=パパ「(私の死んだ女友だちと・・・)」(アンナ・アフマートワ訳)

私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら
街は口をきけない女の子たちでいっぱいになる
空気はひどい死の臭いに満たされて
要塞も白旗を揚げて降参する
そして 往来がみんな停まってしまう
私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら

私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら
たくさん見ることになる 胸の代わりに穴の開いた女の子を 
身には何もつけていない そして叫ぶのだ
「どうしてこんなに早く私たちを寝かしつけたの?
深い深い雪のなか、髪もとかさないで、眼は涙に濡れたままで」
私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら

私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら
吃驚したひとの群れは目撃する
私たちの縦列ほど 地面をふわりと叩く縦列はなく
こんなに神聖なる行進もなく
こんなに誇り高く血だらけの甦りもない
私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら

私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら
結婚の日の花のように 唇を蒼い月が染めるでしょう
虚ろな眼窩のなかでオーケストラが歌いだす
その巻き髪も リボンも 風にはたはたひらめいて
ああ その時たくさんの人が死ぬ 良心に引き裂かれて
私の死んだ女友だちと お散歩しに出かけるなら
*リタ・ブミ=パパ(Ρίτα Μπούμη-Παπά、1906-1984)はギリシャの女性詩人。

索引:Алфавитный указатель авторов

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[五十音順]
アイギ, ゲンナージイ
アリチューク, アンナ
アロンゾン, レオニード
イサハキャン, アヴェティク(ブローク)
岩下, 壮一
ヴィトゥフノフスカヤ, アリーナ
エセーニン, セルゲイ

クリヴーリン, ヴィクトル
グロイス, ボリス
コーラス, ヤークプ

ザヴィヤーロフ, セルゲイ
サプギール, ゲンリフ
サヤト=ノヴァ(タルコフスキー父)
ジダーノフ, イワン
シュヴァルツ, エレーナ
スキダン, アレクサンドル
セヴェリャーニン, イーゴリ
関, 竹三郎
ソクーロフ, アレクサンドル
ソスノーラ, ヴィクトル

タルコフスキー, アルセーニイ
タルシス, アンナ
ドラゴモシェンコ, アルカージイ

ニーコノヴァ, ルィ(→タルシス, アンナ)

バーキン, ドミートリイ
パヴレンスキー, ピョートル
パステルナーク, ボリス
パルシコフ, アレクセイ
ハルムス, ダニイル
プリゴフ, ドミートリイ :インタビューなど
ブリチ, ウラヂーミル
ブロツキー, イォシフ

マヤコフスキー, ウラジーミル
マンデリシュターム, オーシプ

リタ・ブミ=パパ(アフマートワ)
ルィジイ, ボリス
ルィンブ, ガリーナ
ルビンシュテイン, レフ
ローザノフ, ワシーリイ
ロズニーツァ, セルゲイ

NER(新しい居住エレメント, the New Element of Habitation)
TRIVA

アレクサンドル・スキダンのテクスト

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コンドラチェフ大通り(99年11月)
祖国の靄も
祖国も忘れた

前どんなふうだったか 覚えているか

お前は街を歩いていった
自由な市民

すべてが足りなかった

卵を求めてでかけていく
どうだ、心に覚えがあるか

ごろつき少年と薄く開いた目の
少女がたむろする腐った臭いの地下の酒場

素粒子の素早い動き
頭を仰け反らせて お前は飛んでゆく


フランス人を讃えたのだ
うわさが流れていった

血が泡立っていた
国際パスポートのよう

お前は頭を上げようとはしなかった
車窓をみつめながら

それは詩も同じこと
詩は二次的なものだ

草叢のなかの声のよう
声のよう

作りものの悲しみの
溶けたガラスのなかの



無用の死体
労働の斧

それからパスハ用のコップのような
なにか血をわけたもの

愛する女が長杖でこつこつ叩いて
鼻をひくひくさせる 老婆の臭いがするのだ

そんなふうに母国は言葉をつかい、悪臭をはなつ
話しながら 悪臭を放つ

まるで黒い新聞に載った
卑猥な「言葉」



抱擁の 清らかな塩
額の糸鋸

行かないでくれ
いくつもの お前の接吻

お前はもう 背に夜の歯のあるページの
釘抜きではない 放浪者でもない

焼かれている脳髄でもないし
御しやすい霧でもない

地の泥炭なのだ
かき分けて お前が横になっているあの地の

咽喉が咽喉を覚えておくようにしておけ
歯は 歯を 覚えておくように

あの噛みしめられた歯を *

ロシアのダダイズムも
地獄も

愛されている
なにがしかの恐ろしいちからで

ポプロフスキーは床に横になっている
ネジになって 消えていってしまった空の踊り場が

少女のように 彼を誘惑する

家へ 家へ 空から
お前は帰ってくるだろう

あの子を迎えに走っていくだろう
そしてあの子に別れを告げるだろう

あたかもお前が突然韻律を好きになったかのようだ
悲劇の主人公のコートに包まれて


ロシアのダダイズムも
地獄も

悲劇の主人公のコートに包まれ
ポプロフスキーは床に横たわる ネジになって。 消えていってしまった空の踊り場が
彼を誘惑する 別世界のように

愛された男が
なにがしかの恐ろしい力で

おれの すてきな 友よ
おれを 聞いているか?

大通りは飛翔した ガスを撃ちつけながら
お前はと言えば 下にむかって飛んでゆく 頭から


[註1:コンドラチェフ大通りは、現サンクト・ペテルブルグ市北東、…

ウラヂーミル・ブリチの詩

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もしかしたら
世界は はじめは
白黒だったのかも

聾唖の自然が
色の力を借りて
ぼくらになにかのしるしをくれたのだ
それで ぼくらは
彩りのあるふぁべとをかき混ぜた
地面に
水に
空に 色を塗って 不思議はまだ 残ったままだ



明日になにを期待する?

新聞を。


そして バイオリンの国が
鍵盤で 埋め尽くされる
* ヒューマニズム バスは 人のいるところに来るのではない
バスは バス停にくるのだ



ロシアの10月は
変革の秋(とき)だ 雪は
血の滴が目立たせるため 降るのではない 花は
真新しい墓石を飾るためにあるのではない


眠りは
非在の甘い滴
死よ、おまえはどんなだ?

生きることは
閃光だ 盲人の
白状が パチリと点てる



夜 窓に映った 自分を眺める そして 見える
自分がそこにはいないのが そして わかる
わたしには存在しないことができるのだ




※ウラヂーミル・ブリチ(Владимир Петрович Бурич、1932-1994)は、ソ連の現シャフトィ市(ロストフ・ナ・ドヌー市近郊)で生まれ、ウクライナのハリコフで育った詩人。ロシア語による自由詩の草分けとされる。20世紀ヨーロッパ詩の翻訳も多数。平易な語彙と、ユーモラスな口調、俳句にも似た短いアフォリズム形式の詩を多く書く。マケドニアのストルガで死去。

TRIVAマニフェスト

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TRIVAマニフェストを以下に訳出する。

TRIVA(ТРИВА)は、70年代終わりから80年代はじめという一年にも満たない期間、ノヴォクズネツクに存在したソ連最初の公認写真家集団。Владимир Воровьёв(1941-2011)、Александр Трофимов(1948-)、Владимир Соколаев(1952-)の3人からなる。グループ名は、メンバーの名前から取られた。
ドキュメンタリー写真を特徴とする。ソ連のあらゆる集団と同様、マニフェストを持っていたが、それについては以下に読んでいただける通りである。 作家がまったく手を加えない「純粋なドキュメント」にこだわるあたりが、デンマークでラース・フォン=トリアーが結成したドグマ95と類似しているということが指摘されている。
グループとしての活動期間は短かったものの、メンバー3人はグループ解散後もそれぞれ写真家としてのキャリアを歩んでいる。
近年でも時々ロシア国内外問わず、展覧会があり、筆者がペテルブルグに留学していた2013年にも「マニフェストTRIVA」という展覧会が現代美術ギャラリーで行われていた。
・メンバーの一人ソコラーエフ氏の写真はこちらから見ることができる。 http://cameralabs.org/9639-epokha-razvitogo-sotsializma-v-velikolepnykh-fotografiyakh-vladimira-sokolaeva ・TRIVAについて、ソコラーエフ氏のサイトより。 http://sociophoto.narod.ru/TRIIVA/TRIVA.htm ・マニフェストの原文はこちらから。 http://www.ncca.ru/articles.text?filial=8&id=263

* * *
写真の特性は、三次元空間での出来事をまったく申し分なく写真板の平面上に表現し、二次元的なコピーである「フォトドキュメント」をつくることができるという点にある。このようにして「出来事」と写真撮影との間に結びつきが作りだされる。「申し分なく表現する」ということこそは「写真」のユニークな特質であって、そのことによって写真は人間の歴史の中に物質化した「リアリティ」を保存する力を有した、理想的な道具となるのである。それに負けるとも劣らぬ「写真術…

ボリス・パステルナークの詩

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2016年5月30日更新

他の人を愛することは 重い十字を背負うことだ
あなたはまっすぐに うつくしい
あなたの魅力の その謎は
生きることの 謎解きにも等しい

春 あの夢この夢が擦れちがい さらさらと音が聞こえる
知らせと真実のささめきも
そうした原理(アルケー)の族の生まれなのだ、あなたは
あなたの存在する意味は 大気のよう 欲にとらわれぬ

ちょっとしたことで夢から覚め 目を開けること
取るに足らぬ埃のようなことばを こころから払い落とすこと
そしてこれから先 埃で汚れぬよう生きること
こうしたことはぜんぶ 狡猾さとしては些細なものである

* * *

二月だ。インクをとって 泣け!
二月について さめざめと 書くんだ
ざあざあ とどろく みぞれが
黒い 春になって 燃えているうちに

馬車を呼ぶんだ。 六十コペイカで
教会の鐘の音を抜け 車輪の軋む音を抜け
あそこへ駆けていくんだ 激しい雨が
インクと涙よりもまだうるさく音を立てるところへ

焦げてしまった梨のように
幾千ものカラスどもが 樹々から
水たまりに落下し 目の奥底へと
乾いた悲しみを ぼろぼろ崩すところへ

その悲しみの下 雪の融けた地面が黒ずんでゆく
風は 悲鳴で ずたずた
手の向くまま だがそれだけ 誠実に
詩が さめざめと 書かれていく

* * *
詩人の死
嘘だと思った 「ふざけたことを」と思った
2人、3人 と言わず みなから
知らされることとなった。日付の止まった
詩の一行のなかで 同列に置かれていたのは、
女役人の家 商家
中庭 木々 そして 日差しのせいで
ふらふらになりながら 激高したかのように
「馬鹿ども もう決して
罪つくりに嘴を突っ込むなよ」と
叫びたてていた 木の上にとまったあのカラスたち。
そしてその日は
つい近ごろのことのよう。つい1時間前のような。一瞬だけ 前のような。隣の屋敷、隣の
垣根、木々、カラスの騒がしさ。 ずたずたになった引き網の網目のような
涙にぬれた断層が 顔のうえだけにある。

そんな日、無邪気な日だった、あなたが過ごした
昔の何十もの日々よりもまだ無邪気な。
ひとは群がって、我先にと列をなしたのだった
まるで銃の合図で 整列させられたみたいに。

魚雷の爆発があって もみくちゃになって 鯉やらカマスやら 排水溝から吐き出されたみたいだ
スゲの茂みに仕掛けられた…

ロシアを読むサイト集

公開:2013年6月16日
最終更新:2018年3月25日

◆リアルタイム・ロシア 下の二つは、要チェックです。Coltaはロシアの、Calvertはロンドンベースのポータル。
・Colta.ru(ロシア語)
http://www.colta.ru

・The Calvert Journal(英語)
http://calvertjournal.com

◆ロシア語学・言語知識 ・Словари и энциклопедии на Академике(アカデミック辞書・百科事典)
http://dic.academic.ru/
ロシア語の専門辞書をあつめたサイト。ホームページから一括検索可。スゴい。

・Викисловарь(ウィクショナリーロシア語版)
http://ru.wiktionary.org/
Wikipediaの辞書版。単語ごとに変化表が全部載っています。辞書にないとき、変化に迷ったときに。

・ロシア語ガイド・翻訳・通訳に使える辞典・参考書(さとう好明さん)
http://lampopo4.style.coocan.jp/honnyaku.htm
中級以上の参考書選びの参考に。読みにくいが、主観的な感想がありがたい。

◆通販サイト ・Ozon.ru
https://www.ozon.ru
アマゾン未上陸のロシアにおける最大手の通販サイト。

・Ruslania
https://ruslania.com
ロシア関連の書籍・教材・CD・DVD・ギフト等を扱うフィンランドの通販サイト。[私が使った時は送料35.10ユーロ(エコノミー)。発送から1週間もしないで届きました(2018年5月)。]

◆文学・文化 《日本語で読む》
・現代ロシア文学(北大スラブ・ユーラシア研究センター)
http://src-home.slav.hokudai.ac.jp/literature/literature-list.html
北海道大学のスラ研HP内のページ。現代のロシア語作家について簡単な紹介や論考、抄訳が掲載されています。初見の作家について概要を知りたいときに便利!(最終更新は2010年)

・鈴木正美先生のwebサイト
http://www2.human.niigata-u.ac.jp/~masami/
現代ロシア文化が専門の鈴木先生のホームページです。

・文芸翻訳者向けキリスト教実践講座
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ドミートリイ・バーキンインタビュー

ドミートリイ・バーキン(ドミトリイ・バーキン、Дмитрий Геннадиевич Бакин)は1964年生まれのロシア語作家。公に出ることを嫌い、作家について詳しいことはほとんど知られていない。写真も一枚くらいしか残されていない。実質的なデビュー短篇集『出身国』(1996)は、同年のアンチ・ブッカー賞を受賞したが、作家が授賞式に現れなかったエピソードは有名である。作家本人は、本職はトラックの運転手であるという姿勢を頑なに固持し、この濃度の高い異様な短篇集の他には、『死から誕生へ』(От смерти к рождению)という仮タイトルがつけられた長篇の断章と、幾つかの未刊の短篇(インターネット上で読むことができる)、そして死後に出た『転落について、破滅によって』(Про падение пропадом, ISIA Media Verlag UG, 2016)という未刊/未完の短篇・長篇やインタビュー、手紙、作家本人によるイラスト、批評家や研究者によるテクストが集成された本が遺されているばかりである。短篇集『出身国』はなんと2015年についに日本語になった(秋草俊一郎訳、群像社)が、その直後にバーキンの死が伝えられた。作家の手元に送られた日本語訳を作家が手にすることはついになかった。
以下に訳すのは、前述の『転落について、破滅によって』にも収録されている、バーキンが生前に遺した唯一のインタヴューである。もっとも、記者がバーキン本人に面会することはなく、やりとりは手紙でなされた。
(*ちなみに日本語版『出身国』は2015年12月時点で、400部売れただけという・・・(参考)。河出のソローキン買うお金を群像社に!)
* * * ドミートリイ・バーキンインタビュー 2008年@『VZGL'AD(ヴズグリャート)』誌
http://www.vz.ru/culture/2008/8/3/192512.html

*文中[]内は、訳註である。

ドミトリイ・バーキンは、最も奇妙で謎多い現代ロシア作家の一人である。15年ほど前、バーキンは薄い短篇集一冊を「鳴り響かせ」たが、その本は好意的な批評を得るとともに、ヨーロッパ諸言語に翻訳された。

すでにその頃にはバーキンは公に出ることを敬遠していた。『OGON'OK(オゴニョーク)』誌の叢書のなかで出版されたバー…

アレクサンドル・ソクーロフ監督インタビュー

2016年は「映画の年」とのことで、ロシアでは文化省主導で色々な催しがあります。以下に訳出するのは、「映画の年」公式HPに掲載されたアレクサンドル・ソクーロフ監督のインタヴューです(元記事は、「イズヴェスチヤ」紙の2016年3月16日の記事)。新作『フランコフォニヤ』(Франкофония; Francofonia)の日本公開が待たれます。 出典はhttp://god-kino2016.ru/2016/03/19/sokurov_interview/です。
アレクサンドル・ソクーロフ:「啓蒙の道を拒絶したとして、ロシアがより良くなっていただろうなんて私は思いません」
ソクーロフ監督の『フランコフォニヤ』が公開された。ロシア国内40以上の町からの観客が、この映画を鑑賞した。実話に基づくフィクションといった趣のエッセーのなかで、監督はヨーロッパとロシアの宿命について論じている。「イズヴェスチヤ」紙の特派員、E.アヴラメンコがソクーロフ監督にインタヴューした。
[訳注:S*はソクーロフ、A*はインタヴュアー(アヴラメンコ)]


A*監督、あなたは『フランコフォニヤ』がロシア国内で公開されることを危うんでおられました。ところがいま、この映画はロシア全国150の映画館で上映されるだろうといわれています。


S*いまのいままで『フランコフォニヤ』がどこで公開されるのか、全体図を知らないままなのです。ヤロスラヴリでもカフカス地方でも極東地域でも北方でも上映されるのでしょうか? 疑わしいですね。「シネマ・プレスティージュ」社の代表たちは、このことについて詳しく話してくれませんでした。もしそういう情報が同社から届いたなら、ありがたいことです。私はただ一組の上映について知っているだけです、3月17日にはモスクワでプレミア上映があります、それは知っています、招待されたのですから。でもいま私は大変厳しいロシア東部への出張旅行から帰ってきたばかりで、とても疲れています。休息を取らねばなりません。またすぐ旅行の予定もありますし。

先だって[編注:ペテルブルクの映画館である]「アヴロラ」での上映に出席したのですが、上映は大成功でした。満員御礼で入場できなかった人もいたくらいです。しかし自分をごまかしはしません、何回か上映を重ねていくうちに観客の状況が変わることもあり得ると知っているからです。『フラン…

あらゆるテクストは読まれないことについて、誤配、その幸福と潜在的可能性

「多文化の海をおよぐ」のディスカッションで、私はバイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』をもとに、「我々は本を読めていないという可能性をいつも念頭におくべきだ」というテーゼを発することに、成り行き上なったのですが、これに対し来場されたNさんから質問があったように、テーゼ自体誤解を招きやすい、誤配されやすい言い方でなされていたことについて、内心ほくそ笑みながらも、それでもことを明らかにしておく必要はあると思った。だからこうして書くことにするのですが、それではことばは読まれることはないということをことばによって一体どう言い表すことができるというのか。一つの逃げ道として、いくぶん楽観的に「あらゆるテクストは明日読まれる」という言い方をしたら、より、なんというか、ポジティヴな誤配を招くことになるのではないかと思う。あらゆるテクストは、明日読まれる。あるいは読まれない。われわれは読書をする。「読んでいる」「読み終わった」と、軽い仕草で言い立てる。どう、それが可能だというのか。私にはあらゆるテクストの、あらゆる細部を記憶することはできない。常にテクストは、いまここにしかないものであって、そのいまここをわれわれが逃すや否やそれは記憶にかすりもしないばかりか、引っかかりなどなおさらせぬまま私の視覚を通過するだけで、テクストは常に読まれないことになる。それは読まれたが、読まれることなどなかったかのようだ。あたかも、私は読んでいる。「読んでいる」という時、私にとってそれは比喩の上での出来事に過ぎない。

「世界文学」が俎上にある時、問いは例えば「翻訳文学」をめぐる問いかけと同義になるのかもしれず、2月27日のパネルディスカッションはまさにそれについて、つまり翻訳という主題にわれわれは立ち入ったのだった。それはあらゆる誤読と誤配、間違い、読まれなさの巣であって、つまり私が読んでいるこの「翻訳されたところのもの」は一体何者なのか。A語からB語に翻訳される際に100%の転移など不可能であるという事実はあえていま言うに及ばないが、仮に例えば短い詩か何かがあったとしよう。それはA語で(a,b,c)という三つの単語からなる。奇妙な偶然で、B語には、それら三つの単語に対応する単語はそれぞれあり、しかもそれはA語由来でB語に取り込まれた単語だ。だからA(a,b,c)→B(a1,b1,c1)と…

ヤクープ・コーラスの詩

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春、野原にて 私は好きなのです 広い野はらの果てしなさが、 ライ麦の穂がなす 緑いろの海が

畑の畝の いくつもの細い線も
私は好きだよ、ねぇ野はら、きみの広がりが!

ライ麦のなかでざわめく 古い洋梨の木も 
緑の境界線も 遠くとおくの平原も

私は好きです 山あいに延びる道路も
その山の下で小川が交わす おしゃべりも

私は好きです 丘が むかしの古墳が
青くとおくに広がる 透明な雲が・・・

春に野はらを眺めるのが 私は好きです
ライ麦の野はらを 風がそっとざわめきながら泳いでゆきます

ライ麦はざわざわと揺れています 畝から畝へと走り回っています
そして 空気の波が 震え、震えている・・・

私は好きなのです 広い野はらの果てしなさが
大きなライ麦の穂がなす 緑いろの海が

Якуб Колас: На полi вясною (1909)

ガリーナ・ルィンブの詩

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夜半 目を細めた者の死
流れてゆくのは 腕ではない それは
歯ではない けれど流れてゆく 痩せほそった粘液の方へ
割れた赤い海を運ばれてゆくのは 薔薇ではない
壊れた橋脚だ それは
薔薇じゃない ちがうんだ
壊れた薔薇の牢獄で
果てしなく続く 行列

*ガリーナ・ルィンブ(Галина Рымбу)は1990年、ロシア・オムスク生まれ。詩中「赤い海(красное 〜 море)」にはおそらくモーセの「紅海」が重ね合わされる。прищуренных, руки, превращаясь, в красном разорванном море, роза, в тюрьмеなどР音の執拗な反復、そして繰り返される否定詞がリズムを生み出している。