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プラトーノフ『不死』を上梓します

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未知谷より、アンドレイ・プラトーノフの初期作品集『不死』を上梓します。

通勤電車の車内で、「不死」と大書きされた小ぶりな本を読んでいる人がいる——そんな風景を見たくて、作品集のタイトルを選びました。

〈収録作品〉 「永遠の生命」 (1920) 「世界の魂」 (1920) 「星の砂漠で」 (1921) 「不可能なもの」 (1921) 「Anti-Sexus」 (1925-26) 「不死」 (1936) 「父の声」 (1938-40) 詩篇 (1921-26)
「初期」といいつつ、さまざまな年代の作品が入っていますが、撰定基準については跋を見ていただいて。

すでに誤植など、気づいていて、汗顔の至りではありますが、ぜひ手にお取りください。

〈ネット書店〉
e-honhonto紀伊國屋書店Honya Club
*以上のサイトでは、店舗で受け取り、実店舗を応援することができますので、お勧めです。
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ロシア文学・文化系インディー誌リスト

個人的な調べものの過程で知り合った同人誌などが多くなってきたので、思い立ってリストを作ってみることにしました。主に、国立国会図書館のサーチエンジンでいろいろと掛け合わせ検索をして見つけたものなどです。今後も発見次第、更新します。
今ここでまとめておくのも一定の意味はあるでしょう。というのも、ある特定の文化圏に捧げられた同人誌という枠組み設定や媒体自体、おそらくすでに過去に属する発想と言ってしまえないこともなく、事態がほぼステイブルになった今ここで一度振り返ってみるのも悪くないと思えるからです。

例えば数年前に、若い研究者たちを中心に『チェマダン』(http://chemodan.jp)というメディアが登場しましたが、その集まり方は同人的と言えても、そのメディア自体はもはや同人誌と呼ぶことはできません。このようにメディア自体が変化をみせるなかで、しかし今後しっかりと考えなければいけないのは、webなどの流動的なメディアを用いた表現をどうアーカイヴしていくか?ということであるでしょう。紙媒体であれば図書館という場所があって、発行から多少の歳月を経て、わたしのような人間が時おりアーカイヴから掘りだすということが可能なのですが、webの場合、今後どうなるのでしょうか。
下のリストでは、特段の客観的な基準は設けていません。強いて言うなら、大学や学会の外で営まれる(語の最上の意味での)「知的遊戯」と判断できる定期刊行物……ということでしょうか。そういう業績を度外視したいわば「無駄」が、わたしはとても好きですし大切だと思っています。それが自分でもzineをやるモチヴェイションの少なくとも一つにはなっています。そういう無駄や遊戯に、誠実な連帯を示したいと思いました。

すでに失われた雑誌への哀悼を込めて。現存する雑誌(★印)の健闘を祈って。

最後に伝えたいのは、同人のみなさん、忘れず納本しましょうね!ということですね。そうすれば何十年後かにこのようにして再度読まれる可能性は、少なくとも残るわけですから。納本については→http://www.ndl.go.jp/jp/collect/deposit/request.html

ロシア文学・文化系インディー誌(戦後)リスト◎同人誌系 ・『アグネブーシカ』Z71-G199:Огневушка。「カスチョールの会」が刊行するロシア児童文学翻…

プラトーノフ「汝の名が讃えられんことを」

ぼくらの祖父や曾祖父は、労働を罵っていた。彼らは信じていたのだ——アダムとイヴの愛欲の罪のために、神が労働によって彼らを罰しているのだ、と。

彼らのうちで、その狭い血管を血液が疲弊しきって流れていた。胃袋は脹れ、彼ら自身は粘土製の巨人であった。彼らは労働の歓喜は知らなかったが、祝祭をよく理解していた。祝祭——法に認められた怠惰が勝ち誇る日々を。

大地の動きはわるかった。大いなる焔である太陽のみが、何十億の星々がなす流れや滝の中を大地が駆けぬけるようにしていた。その生命なき土塊から、生命と人間とが生まれたのだ。この人間というものは、その母にふさわしい息子となり——石と化し、動きを止めた。そしてそのせいで長いこと、あらゆるものの奴隷の地位に甘んじていた。

[それは続いていた——]人のこころの中で何かが張り裂けるまでは。その目を見開き己の眼前に破滅と死——人間の恐怖と無力の永遠の道連れ——を目にするまでは。人びとのあいだにキリストが生まれるまでは。キリスト——つまり、大地の子のうちでもっとも強き者、自信と歓喜の力によって己れの下に死を押し潰す者が。そしてそれによって、永遠に人間に経帷子をかけて葬り去ってしまう、あの狂ったような時の流れを押しとどめたのである。

人間は駆けだし、そして労働をはじめた。はじめて、人間は自らが世界の諸力に対して万能かつ唯一の君主であると感じていた。はじめて、人間のうちを恐ろしく破壊的で自由気ままな世界の力が流れていった。そして人はその威力を知り、それを征服する喜びを知り、そうした力はよく探求してみれば、恐ろしくないばかりか取るに足らないものだと知ったのである。

人間と労働は、お互いにお互いをものにした。そしてこの瞬間から、世界に破滅が宿命づけられ、人間はあらゆる現象、世界の震え・変化のすべてを己れのなかへ吸収しはじめたのだ——力を増すため、また己れの生を不死化するために。人間は無限と不死の王国、自由と勝利の王国を自らに運命づけたのである。

はじめの人間が自らの必要のために木をくり抜くのに使ったはじめの石は、自然の終焉であり、人間の端緒だったのである。

妻子の不意の死に対する怒りと復讐心のはじめの激発、これが不死の始まりである。

沼沢で倒れたオークの木と、沼の水位の上昇の関係性が無意識に捕えられたが、これが思考と学問の誕生にあたって決定的な動機の役割を果たした…

プラトーノフ「芸術について」

アンドレイ・プラトーノフ「芸術について」(日記より)
日々代わり映えのない人間の生活のなかで昼と夜とがめぐり、活動時間と安静時間がめぐるように、ひとの生において——その最上の意味、その頂きにおいて——、理解を索めて焔と燃えたつような理性のはたらきにも同様に、緊張する期間と休息の期間とがある。

休息、すなわち精神の安静とは、ひとがただ自分自身を、その完全性を、その理想的な調和状態のみを観照するような瞬間であるが、つまりそれが芸術なのである……。芸術は、理性の生命であって、その生命は自らの内に、その揺れうつろう深淵のなかに宿っている——理性が世界全体、宇宙(コスモス)全体の中に、ひたすらにそのもの自身と、そして自らの偉大な本質の反映だけを目にする時に。だから芸術とは、そのような限りない喜びであり、ひれ伏した複数の空たちのもとでの歓喜の歌である……。というのも、人間の精神が解放され自由になって、次第に増しゆく自らのうつくしさをその中に映しだす時、また人間の精神がもの言わぬ透明で鋭い光によって闇を照らし出す時には、自然の力や宇宙の荒れ狂う力はことごとく鎮まってしまうのであるから。そして観照するぼくらは、大いなる歓喜の中で、自らの内にあるものとまったく同じものが至るところにあるのを目にする。ぼくらは、カオスの上にあるように思われたあらゆるものと血の契りを交わすのだ。ぼくらは確信している——ぼくらを取り巻くのは、ぼくらの歓待や愛撫、心配りを愛し心待ちにしている兄弟たちだけだということを。そしてこうしたものすべてが、コスモスの中にあって己れを観照するところのぼくらの精神——つまり芸術——をぼくらに与えてくれるのだ。

勝利を希求する理性によって前へ前へと突き動かされる生命が、嵐に取りまかれた海洋であるとするならば、芸術は同じ生命、同じ海洋ではあるけれども、しかし静まりかえってすべての澱が海底に沈んだ日没前の海洋、太陽に刺し貫かれた海洋である。この海は、なにかを探し求めるすべての眼差しに対して、その魔法のような深い海底を露わにする——何十億もの生命ある存在、微動だにせぬ珊瑚群、理解を超えた神秘のお話をはらむ海底、そして躍動する若い生命がもつあらゆるうつくしい幽玄な貌を……。

 芸術は理性の驚くべき眠り=夢であり、その眠りはあたかももはやすべてを悟ってしまったかのように、すべての上に君臨する…

私たちの7月15日のこと

私たちが崇敬するアントン・パーヴロヴィチの命日だからという理由で、7月15日という日を選んで、わたしは姓を変えることにしたのだけれど、この7月15日というのが世界史的にも大変特異な日らしいということを知ったのはまた後日の話だった。Wikiを参照してもらえればわかると思うけれど、例えばこの日にはベンヤミンとデリダとイアン・カーティスと久住小春が生まれている。そして、1904年にはドイツのバーデンヴァイラーでアントン・チェーホフが亡くなった(ちなみにチェーホフの遺体はその後牡蠣輸送用列車に載せられてロシアに戻った)。



大学の頃から、セクシュアル・マイノリティの問題やジェンダーの問題について多少でも興味をもって勉強してきたことも少しながら影響して、今回わたしは、自分のほうの姓を変えることにした。私たちがこれを決めるまで、かなり長い間決めかねる時期があり、というのは2人が2人とも姓に対して特段のこだわりを持っておらず、実家に対しても愛着を持っていて、要するにどっちでも良かったのだ。姓は、私たちにとっては本質的な問題ではないし、今さらどちらの家ということもないだろう(墓について言えば、死ぬときは墓よりも灰になりたいと現時点では思っている)。ただ、日本の現行法のもとでは婚姻に際して夫の姓か妻の姓かどちらかを選ぶ、いわばどちらかが姓を捨てることを強いられているので、どちらにするかを決めねばならなかった。あえて言わせてもらえば、「それだけ」のことだった。

しかし姓を変えることには、婚姻手続き上の簡易さ(婚姻届ではどちらかにチェックを入れるだけなのだ)とは裏腹に非常な面倒がつきもので、例えば銀行口座の名義変更をしなければならなかったり、パスポートも更新が必要だし、免許証やその他の公的証明書も変更が必要になる。慣例的には、そうした困難事を一手に引き受けなければならないのは妻の方になっている。そしてもう一つ言っておかなければならないのは、妻の側が姓を変えることがあまりにも「ふつう」の慣例として受け入れられているから、あえて当事者が言明し、必要な場合には関係者を説得しなければ夫の側が姓を変えることがままならない現状がある。

わたしが大学で学んで内面化して(少なくとも内面化しようと努めて)いるアティテュードとして、「弱者の側に立つ」ということがある。わたしは常に弱い人、困難を強いられて…

キラ・ムラートワインタビュー(2016)

キラ・ムラートワ監督が、2018年6月6日に83歳で亡くなりました。
彼女の業績は、伝えられねばなりません。

2016年のインタビューを翻訳しました。下のリンクからどうぞ。

https://note.mu/pokayanie/n/ne733acf89c21

ザボロツキーの詩

夢 この地に棲まって五十年
皆と同じく 幸せ半分不幸半分
そんな私がある日この世におさらばし
気づくとそこは秘密の場所であったのだ

そこでは人間は習慣の
最後の残滓として存在するのみ
だがもはや何ものも望まず
通り名もなければ呼び名もない

驚くべきゲームの参加者である私は
退屈しきった顔の数々にまじまじと見入ることなく
そこで燻る焚き火に身をまかせ
起き上がったりまた横になったりした

私は泳ぎ離れていった 私は遠くへ彷徨い出ていった
行先を決めかね 無頓着に 黙りこくって
そして消滅した地の鋭い光は
悠々と差し出された手で拒絶するのだった

存在のある種の余韻を
生存のため 私はまだ手元に残していた
だが私の心の全体がすでに
心でなく 宇宙の一部にならんとしていた

そこで空間の上を私に向かって動いてきたのは
雁字がらめになった何かの物質(マテリアル)
眼では捉えられぬほどの高み、
崩落の多い谷間の上に橋がかかっていた

私は外見をよく目に焼きつけた
空間から泳ぎくるこうしたあらゆる物体がもつ外見を——
交錯する梁 敷石の隆起
原始の装飾品の仕上げの粗さ

精巧さはその痕跡さえ見受けられないし
形(フォルム)の技芸などそこでは明らかに尊重されていない
表立ちはしないが、仕事は困難である
世界全体が動き、働いているのだけれども

彼方の権力の振る舞いの中に
私はほんの少しの強要も見なかった
そして私自身 自由意志もなく欲望もなかったが
必要なものはすべて努力なしにつくることができた
何かを欲さない理由があったわけではない
何かをしようという望みもなかった
もっと先へと彷徨ってゆく準備はできていた
もしそれが何かの役に立ち得るのならば

私と一緒に誰だか坊やが彷徨い歩いていた
下らぬたわ言を私とぺちゃくちゃ
この霧にも似た坊やでさえ
精神的と言うよりむしろ物質的であるのだった

私と坊やは湖に向かった
坊やは釣竿をどこか下方に投げ入れ
地より飛んできた或るものを
焦りもせず手で脇へ押しやったのである