これが死後の世界なのかもしれない@ロシア(2019年09月)

#概要

2013-14年にかけてのペテルブルグ留学からおよそ5年の時を経て、ふたたびロシアに帰省する僥倖に浴したので、旅行のメモを書き記しておきたいと思います。5年ばかりのギャップですが、自分が留学していたころとはかなり(良い方向に)変わった部分も多く、ストレスをほとんど感じない旅であったことに、わたしは新鮮な驚きと嬉しさを感じています。

今回の旅は、9/8~15までの一週間で、モスクワとペテルブルグ、そしてニコラ=レニーヴェツ村(N-L)をそれぞれ2日ずつ訪問する日程です。

(8)モスクワ着→(9)モスクワ~N-L移動→(10)N-L滞在→(11)N-L~モスクワ移動→(12)モスクワ~ペテルブルグ移動→(13)ペテルブルグ滞在→(14)ペテルブルグ~モスクワ移動→(15)成田着




今回の旅の主眼は、ニコラ=レニーヴェツ(Никола-Ленивец)。ゲンロンカフェで行われた高橋沙奈美さん・本田晃子さん・上田洋子さんの対談(「ツーリズムとナショナリズムからみる現代ロシア」@2019.4.16)を拝聴したのがきっかけとなり(その後この対談の誌面構成をお手伝いする縁もあって→『ゲンロン10』)、「次に行くなら絶対ここ」リストに入れていたのですが、もう今年行くしかないと思い、交通事情の心配はあったものの、思い切って計画を始めてみました。モスクワとペテルブルグの両首都には滞在経験があるので、今回は滞在のテーマを【ファッションと独立系書店】と仮に決めて、事前にいろいろリサーチしていくことにしました。

計画をはじめたのち、以前からロシアに興味を持ってくださっていた重力/Noteの鹿島将介さん(@shikanobu)をお誘いしたところ、一緒に行くことになり、我われロシア夫婦2人+鹿島さんの3人での旅行となりました。はじめてのロシアでただでさえよく分からないことも多かったでしょうに、なおさらこのような訳の分からない旅行に同行し、そのうえ楽しんでいただいたことには感謝しかありません。私たちも、ロシアのために心から嬉しい旅でした。

以下、写真多めです。


#事前準備

個人旅行でロシアに行ったことがないため、ビザの取得方法についていろいろリサーチした結果、次のやり方を採りました:TravelRussia.su (www.travelrussia.su)で空バウチャー取得→ロシア大使館で予約・ビザ申請→Booking.comで宿予約。この過程でかかったのは、空バウチャー取得のための899ルーブル(約1500円)のみです。


大使館公認のぼったくり=ビザサポートセンター「Interlink」が始動していたので、どんなもんかなと思ったのですが、ロシア大使館の予約も取れることは取れました。ただ、最適な日程が選択できるとは限らないので、急ぎの場合・お金に余裕がある場合はInterlink利用をおすすめします。

大使館でビザを申請するため、まずビザ申請のウェイティングリストに登録します。その約4日後に空き日程が表示されたところ、旅行の1週間前からの受領が最短だったので、少し怖かったですが、とりあえず予約してみました。その約1週間後に予約の変更を念のため試みてみたところ、より余裕を持った日程が選択できたので、そちらに予約を移し、旅行の2週間前くらいに受領する余裕の日程で申請ができました。…とこんな前時代的な感じなので、あまりおすすめはしません。

#お役立ちアプリ、ネット接続について

今回役立ったアプリなどをいちおう記しておきます。

Yandexタクシー:uberタクシーのロシア版。とっても便利、レニーヴェツ行きでも使用可。大手のвезётがやっているRutaxiも導入していたのですが、今回は使わなかったので使い心地は不明(ただロシアの携帯番号登録が必須なので、SIMを買わない人には使えないかも)。
2GIS:ロシア語圏定番のオフラインマップ。都市部ではバスなどの路線検索もできて便利。ただ旅の後半、電池の減りが早くなったのはこのアプリのせいかもしれません。

ネット接続については、空港でbeelineの2週間制限なし(電話+インターネット)プラン(600ルーブル)のSIMを購入しました。レニーヴェツではさすがに圏外が多かったですが、公園中いろんなところでWi-Fiが使えたので、旅行をとおして全く問題なかったですね。

#入国・出国

今回は安さ重視でS7航空を初利用。往復7万円程度で、預け荷物ありプランにしたら1万円くらい高くなっちゃいましたが、結局我われはミニマル志向なので預け荷物は不要でしたね。手荷物10kgは結構な容量です。S7航空、機内食もかなりおいしかったし、充実でした。どの便も、予定時刻のかなり前に到着していたのでそれも素晴らしい。

直行便に比べて、乗り継ぎ便も、途中で腰を伸ばせることと、シベリアを一目見れるのでなかなか良かったです。今回の経由地は、ノヴォシビルスクとイルクーツク。初めて空バウチャーを使うので内心ビビってはいたのですが、地方空港のゆえか審査官や検査官も柔和で、こういう良さもあるのか~と思いました(検査官がめちゃ友だちみたいに話しかけてくる)。今後も経由便を積極的に使いたいですね。


(*ただ、一点書いておきたいですが、イルクーツクの国内⇔国際乗り継ぎはかなり分かりにくいです。いったん外に出て別のターミナルに移動する必要があり、また国際線のチェックインカウンターの前に税関があるというよく分からない動線になっており、下手するとチェックインに遅れます。ご注意を。)

#ニコラ=レニーヴェツ

さて、今回の旅の主眼、ニコラ=レニーヴェツへ(http://nikola-lenivets.ru)。ここでは毎年、Arkhstoyanie(アルフスタヤーニエ)という国際建築=アートフェスティヴァルが催されていたり、また訪問の数週間前には音楽フェスも開催されていたようです。わたしたちの旅行はそうしたフェスにはぶつからず、平穏なレニーヴェツ村にのんびりと滞在することができました。

モスクワからは、キエフスキー駅から出る近郊電車(エレクトリーチカ)でカルーガまで行き(3~4時間)、そこからタクシーで向かいます(1~2時間)。タクシーを捕まえられるかどうかが不安だったのですが、yandexタクシーを信じ、とりあえず近郊電車に乗り込むことにしました。絶えず車内販売のある、いつもどおりの近郊電車の風景。嬉しくなっちゃいますね。


カルーガのショッピングセンターでご飯を食べた後、いざyandexタクシーで目的地を入力、タクシーを検索します。するとすぐ見つかったのでホッとして呼んでみます。経路はこんな感じ。



バイパスから離れてから40分くらい、完全に未舗装の道路と、中途半端に舗装してある(ゆえに未舗装よりひどい)道路が断続的につづき、かなり腰にしんどい道がつづきます。行きはyandexで来た、悪路の連続に対しても悪罵の一つも吐かない非常に温厚で、丁寧な運転の運転手さん、帰りは地元のタクシー会社の無言かつものすごいテクニックとスピードでフォードを乗りまわす若者で、どちらもまったく嫌な感じを受けることのない人たちで素晴らしかった。料金は平均して片道2000ルーブル程度です。


アートパークは、ウグラー国立公園(978㎢)の中にあって、6-7㎢ほどの敷地のなかに巨大なアート作品がまるで異星人からの置き土産のようにしてぼつりぼつりと立っています。日本との比較で言えば、阿寒国立公園が900㎢ほどだそうです。公園の地図は、宿泊予約のページ中央の四角で囲まれた場所からダウンロードできます(やたらに高画質)。

今回の旅行は、ペテルブルグでの一日を除けば、天気はもう最高でしたね。あとはここはごはんも超おいしい(Kafe Ugra)。








写真をすこし見ていただけるとお分かりかとおもうのですが、いや〜ここどこだっけ?という感じ。もう、とにかく全部見て回ろうという意気込みで、自転車を借りて1日じゅう駆けまわっていましたが、それでも見残しがあったくらい広い・アップダウンが激しい・いちいち美しい。「死後の世界」ってこういう感じなんじゃないかね、みたいなことをしゃべりながらいろいろ周り、疲れては寝て、カフェで飯を食って……というような、ここは天国か、という感じでした。

今回はせっかくなら変なところに泊まってみたくて、一日目はShtab(設計:ALYCHA/АЛЫЧА)というスケートボーダーのための家、二日目はKlever(設計:Mel Space)というコンパクトだけれど窓が大きい家に泊まりました。どちらもハエがやたら多いのを除けば、蚊やアブ、ダニなど刺してくるような害虫に悩まされることはなかったですし、シャワーもちゃんとお湯が出ました(重要)。

なんかもう人生の一つの到達地点じゃないか、という感じで、魂のデトックスをしてまいりました。

#モスクワ・ペテルブルグ

モスクワとペテルブルグに関しては、どちらも我われ夫婦は行ったことがあるので、先に書いた通り、今回は【ファッションと独立系書店】をテーマにめぐりました。

〇モスクワ
こちらは時間的な制限で、書店としてはFalanster (Фаланстер)、ファッションについてはデパートTsvetnoy/ЦветнойKM20 (КМ20)(クソ高い)しか行くことができませんでしたが、一つ素晴らしい経験だったのが9月14〜15日にかけてInLibertyというカルチャースペースで開かれていたブックフェア「Rassvet」をのぞけたことです。



Rassvetは出版社の文芸フリマ(とかかまくらブックフェスタ)のような感じで、書店と出版社、ネット書店が合計で30社ほどブースを出し、自社商品のプレゼンテーションをするとともに、ホールでは様々な出版関係者が入れ替わり講演を行っていました。ここに行くことができたおかげで、ロシアの出版事情のおおよそを概観することができ、書籍だけで知っていた出版社の人の顔、またロシアの人文系読者層の顔ぶれを見ることもできたという意味で非常に得がたい経験となりました。ここでは、詩人レオニード・アロンゾン関連書籍を精力的に出している出版社Barbaris/Барбарисで詩集を購入し、またロシアのzineのwebショップBENZINEのブースでいくつかzineを買ってみました。

モスクワでもうひとつ、シューホフ塔参りのついでに足を延ばした「シャーボロフカ・ギャラリー(Na Shabolovke Gallery/Галерея на Шаболовке)」で開かれていたアレクセイ・ガースチェフに関する展示「ガースチェフ:いかに働くべきか(Гастев. Как надо работать)」展に行きましたが、これが素晴らしい。





日本では、ほとんど佐藤正則さんの『ボリシェヴィズムと〈新しい人間〉』でのみ(あとは古いですが、労務管理の観点から宮坂純一『ソビエト労務管理論』くらいでしょうか)紹介があるプロレトクリトの詩人で、労働の科学的組織化(NOT)を唱え、中央労働研究所(TsIT)を率いたガースチェフの全容を解明する展示。ギャラリー自体は小がらながら、様々なアーカイブ機関とも協力した充実した展示になっています。こんなに資料が残ってたんだ!と感嘆を禁じ得ない展示でした。図録の販売がなかったのが悔やまれます。

〇ペテルブルグ
留学から5年後の再訪で、なんだか奇妙な感覚に陥りましたが、すこし歩いているうちに、「おれの街」という感覚が戻ってきて、呼吸をするように歩くことができました。そういう感覚、なんだか奇妙だけれど、とても心地よいですね。

書店としては、ネクラーソフ通り(ул. Некрасова)に移転したVse Svobodny/Все свободныと、その近くの独立系書店Vo Ves Golos/Во Весь ГолосFahrenheit 451/Фаренгейт 451、お邪魔してみました。やっぱり空間の使い方がぜいたくで、建築資産に困ることのないペテルブルグがうらやましくなります。



ファッション関連では、おなじ界隈にあるペテルブルグ発アパレルNNedre(ミニマルめ)と、モイカ河岸通りのデパートAu pont rouge/У красного мостаへ。モスクワのTsvetnoyも楽しかったですが、Au pont rougeは非常に回りやすい印象がありました。価格帯もすこし抑えめで、あと日常的に着れそうなものの取り揃えが多かったような。建物自体もとてもシック。ここではDva Myacha/Два мячаのスニーカーを購入。



それから、特筆しておきたいのが、フォンタンカ河岸通り(Наб. реки Фонтанки)にあるカルチャースペースGolityn Loft/Голицын лофтです。ここにはTYKVAという品ぞろえがよいセレクトショップ目当てで偶然訪問したのですが、全体として雰囲気が素晴らしい。おそらく、一度廃墟になった貴族の館を若い人たちがリノヴェイションして(一部は廃虚のまま)使っているスペースで、全体でいくつかの棟があり、それぞれ3階くらいまでカフェや服飾、雑貨、レストランなどが入っています。ホームページにあるように「街のなかの街」、まさにそういう感じ。なにが、といわれると困るのですが、自分がもしいまペテルブルグに住んでいたら、きっと週一で通っちゃうな、という居心地のよさ。若いロシア人のちょっとスノッブな感じもいい。
中のカフェthe doris dayは、おれが座るや否やジョイ・ディヴィジョンかけてくれるし、もう「わかってる」感が最高で、さらにチーズケーキがこの世のものとは思えないほど。
TYKVAは店員さんが素晴らしいので、どんどんお勧めを聞いてみるといい感じです。わたしはお勧めにしたがい、KiTAというペテルブルグブランドの服を試してみました。



#おわりに

モスクワ・ペテルブルグともに、初訪問日が特別な日に当たっていて、モスクワでは「モスクワの日」(День города。なんとテーマが「宇宙(Kosmos)」)、ペテルブルグではアレクサンドル・ネフスキー公の聖遺物移管を紀念する「十字行」(крестный ход)をはじめてみることが出来ました。どうやら2013年にスタートした行事のようですが、これもまた得がたい経験でした。

留学のころとちがって、今回は普通に観光客として訪れてみたわけですが、思った以上にクレジット決済も使えるし、ネット事前予約も進んでいる、入出国・滞在に関する雑事もだいぶ簡略化されてきている……といたるところで、良い方向の進歩を感じることができました。街頭からホームレスたちが一掃されていたのは、ちょっとジェントリフィケーションを感じたりもしましたが。あとはビザさえなんとかなれば、ロシアへのハードルは本当に低くなったと感じると思います。

ツイッターでも書いたのですが、わたしのような外国人が少しでもロシア語を話すと、ロシア人の心の鍵がすっと開く音が聞こえる気がします。その感覚のここちよさが、もしかしたらロシア滞在で感じるここちよさなのかもしれません。必要以上の分け隔てを感じないところに、自由さとこれからのポテンシャルがあるような。

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