24 8月 2013

文字16「シティ・ポップ」(マシュマロウズ)

シティ・ポップ


げろなのかなんなのか分からないような、そんなものが道に敷き詰められて黒く擦れ焦げたアスファルトの上に、在るのです。それがある瞬間にうごめきだす時きみはそれをなによりもニンゲンだ、と思ってしまう、歩くひと、なんの損得も生み出さぬ会話にふけるひと、それらを差しおいてアスファルトから立ち現れるひとのカタチこそ人間だ、ときみはしみじみ思ってしまう、そういうある日のcity pop

朝5時、マンハッタン、イエローキャブ、変な臭いのする路地裏のビルからは夢を使い果たしてあの一滴と狂騒に換えた2人たち、救いようのない2人たちの複数・多数がゴキブリやネズミの類いと一緒に路に吐き出されてきます。金はゴミ箱の中のゴムの中身になるし昨晩(ゆうべ)の熱情はついに何ものも成すことがないでしょう、とあの娘は言う、知ってて笑ってるんだね、剥き出しの歯・歯・歯、矯正具の銀色の光は君をかみつぶし飲み込むでしょう、グロスを塗りたくった官能的な唇で味わうフラペチーノとグローバルビジネスの味はどう?痛いけどこれが君なりのcity pop

ぬるぬるの石鹸の身体で飛び起きる、ベッドは濡れ君は荒い呼吸をする。朝日の白さは君を眩しくするだけだ、白い光は痛い、痛い、君は叫んでベッドに倒れ込む。痛さと苦しみ、何もない日常の中で唯一それだけが現実のcity pop

頭痛をこらえて苦しく呼吸する君の耳、黒い髪が巻き付いた君のおいしそうな耳が何かを捉える。何かが呻いているようです。何かが弾んでいるようです。君はおそるおそる枕から顔を外そうと呻く。白い光が君の視界を奪う。
気がつくと君は荒れた茶色い地面に足をつけ立っている。知っている場所、ロッキー・マウンテン。君の鼻腔を懐かしい匂いが打つ。ジェロニモ。そう呼ばれた気がした。ジェロニモ。太鼓の音が近づいてくる。心臓がドキドキする。眼がシバシバする。どんどんこちらにやって来る。それは正しかった。それは君だった。君は呼んでみる。叫んでみる。ジェロニモ。ジェロニモ。ジェロニモ。ジェロニモ!

14.08.2013
マシュマロウズ@定演ライブ 

23 8月 2013

文字15「ねむられ」(マシュマロウズ)

ねむられ


一度「ねむる」と決心した者が、実際に眠りに辿り至るまでに50の歳月を過ごした。男は50の年月を、ここ、の現実からそちら、へと移行する段階に、確実にいたのだが、その実そのどちらにもたどり着くことのないあいだの場所にいたのだった。しかし50年を経た今日、男は何かを得る一方、その代価として何かを失い、その失われの過程の中で眠りを経験していたに違いない。ここ、乾燥した地面のどこかしらから水分を得て生き延びる植物らの赤茶けた土地で、男は初めの眠りを経験していた。
男は夢を見ていたのだった。男はいまや男であることをやめているらしかった。夢の空気は至るところ甘く、男であった者はすでにそれを存分に吸い込み、そうすることで夢を深くまた濃く見ることにしたようだった。
男であった者は、白い服を身につけ、白い夢を泳いでいる。自分は少女であるらしかった。そのきれいに磨き上げられた小さい爪の手を口元にやると、金属製の矯正具の冷たい硬さに触れた。
甘い空気はどこから漂っているのか。男であった少女が、いまはじめてゆっくりと目を開けることを決めたのちに、長い睫毛は律動をはじめたのだった。
そこはトイレだ。甘い匂いは手に持ったマシュマロの袋から漂っているらしいが、微かに混じる化学薬品の匂いはどこから来ているのか、彼女は不思議に思うふりを、ひとしきり演じてみる。マシュマロから漂っている気もする。しかし目の前にある洗浄用の緑の液体から彼女の鼻に到達していた可能性もいまいち捨てきれないのだった。あるいは、わたしの鼻がなにか化学的な製法によるのかもしれない。そう思うと彼女は下で口を開けて待ち受ける便器に向かって体のどこか奥の方から静かな笑い声をくつくつと吐き出すのだった。
どこか遠いとこらから他の少女らの軽やかで残酷な、あの特有の笑い声が静かに反響して聞こえてくる。反復運動をする靴と床の摩擦の音。運動する彼女たちのユニフォームの中で伝う汗の匂いが、トイレのなかに微かに残っていた。
少女はそういったもろもろの漂うものをひとしきり小さい鼻腔で吸ってみたのち、ひとりそこでマシュマロを頬張ることにした。緑か、白か、うすいピンクか、黄色か、青らしいものか。選択肢は多くあった。腰と肩のちょうど中間あたりまで伸びた黒い髪を細い指でくるくるしながら、彼女は大きめな目を潤ませ口を歪めることにした。選択肢なんてなければ良かったのに。まだ小さい頃に失なった選択肢たちへの哀悼の感情が、最近になって彼女の中で繁殖し、その静かだが限界を強要する仕草が、すでに彼女を脅かすようになっていた。半開きになった口から、矯正具の尖りが、ニュッと生えた。
ふっと彼女は立ち上がる。目を閉じて。そしてマシュマロの袋に手を入れると、一つつまみ出した。男にはそれは白いマシュマロだ、ということがなぜかわかった。
彼女は舌だけを少し出して、マシュマロに舌を近づけた。だが彼女の中で何かが突然倦怠し疲弊し、死んでしまったようだった。ふと気づくとマシュマロは落下の途上にあった。我々は、すなわち、男と少女は、何らかの行動の禁止を自らに強いて、動く眼球で、マシュマロが落下する光景を眺めていた。
最初に着水する面が洋式便所の溜まった水に触れた。
その時だった。マシュマロは膨らみはじめたようだった。最初は少しずつ。次第に2倍、3倍に。貯められた水の中で、マシュマロは成長していく。便器を、いつの間にかむくむく膨らんだマシュマロが占拠していた。しかしまだ膨張はやまない。その個室全体を埋めつくそうとするかのようだった。マシュマロは、彼女のワンピースの襞に触れ、か細い腕に触れた。彼女は目を開け、すべてをみて、鼻から空気を食べて、笑った。天国みたいだ、と彼女は思った。すこしめまいがした。
マシュマロは膨張していく。洗剤のボトルが倒れ、中の緑の液体がマシュマロの一部分を緑に染めた。つんと鼻をつく匂い。すでにマシュマロは彼女の背丈を越し、個室のドアを内側から押すまでになった。金属質な音をたてて便器が欠け壊れ、水が漏れ出て、彼女の白い靴を濡らす。彼女はますます大きな声で笑うことにした。
ふとマシュマロのなかに、なにか荒涼とした山地の茶色い風景を、彼女は見た気がした。手を伸ばすと、乾燥した空気に触れた。遠くに聞こえていた少女たちの声が、心なしか近づいてきたように思えた。彼女はそこから逃げるように、マシュマロの中に入っていった。

男は目を覚ました。男は男だった。痛む腰をおして起き上がると、さっきとなんの変化もないロッキー山脈の光景を、男は見た。手元の麻の袋をゴソゴソやって、男は、「ロッキー・マウンテン・マシュマロウズ」を取りだした。今夜のために火を起こすことからはじめよう、今夜はマシュマロを焼くのだ、と男は考えた。
男は、眠るために外した、右目の方に少しヒビの入ったメガネを取り上げて、かけた。立ち上がると、少しめまいがした。眠るのになれていない身は、これだから困る、とひとり呟く。そして男は粘った口から痰を吐き出し、衣服についた埃を手でさっと2回払うと、赤くそまりつつある夕暮れの山地を、今夜の薪を求めて、歩いて行った。


03.05.2013
マシュマロウズのために

22 8月 2013

文字14

穴と棒、口と口、皮膚と皮膚が合わさりながら毟りあう、のは、

なぜか他と他の合一を最終目的としている、というふうに思われる「愛」が究極的には成就しようのないものならば、その切なさを(あくまで比喩的、な)「食らうこと」に託すしかなかったわれわれだからだ

04 8月 2013

エレーナ・シュヴァルツの詩


灰色の日


胸騒ぎの中せっかちに話していた
時間が少ないから
稲妻が光っている間、身震いしつつ
のろのろと、逃げ回っていた
それともこれはわたしの血だったのだろうか
この静かに衰えてゆく存在は?
もう入って行く頃あいだ
神さまの芥子粒のなかに。
わたしの「父の家」教会では
いま全てが使い古されている
「父の家」教会では
天使たちがみな泣いている
時々天使たちは
メランコリックになることがあるものだから
どこかの疲れ果てたやせ馬のせいで
灰色の日に、
わたしは地上で生きていた
ぼんやりとした日に、
自分の勝利の時がある
たぶん聖霊も近づいてきて眼にとめるだろう
見ることなしに聖霊を見ることはできるもの
彼らの貧しさを喜びなさい、この斜陽を呪うなかれ
わたしたちのところにキリストがいらっしゃるのだとしたら
それはそういう貧しい日にこそいらっしゃるのだろうから

(1989、詩集『夜の航海図』より)


よくある間違い


焼却された古文書のところを
カラスどもはぐるぐる舞い飛ぶ。
黒めいた灰色の通りを
まったく太陽は気にもかけない。
コーヒーのせいで人びともぐるぐる
街の集会のなかで。
この「日」は新兵さんのようであり、
乾いた涙を見つめている。
日々が、そんな風な日々が、過ぎて行くのだ
「死」のときも「生」のときも
双子たちと一緒にあなたのほうに近づいて行く
見なさい、間違いのないように。
「生」と「死」の双子はただただ見つめる
彼が羽織った青がかったコート、
トルジコフスキーの手になるコートを
そして若い女性は2人とも舶来品風のものを。
口紅を塗った思わせぶりな唇
小さな腕には腕輪をはめて。
そしてわたしは彼らのうち一方に言うだろう
瞳に春を持つほうの者に
「もちろんあなたは(それでも)
「生」のほうなんだわ
あなたは物惜しみしないけど
貧乏なんだから」
しかし突然わたしは見た、
彼が骨に何か輪っかを持っているのを。
そして膝の上に乗って
わたしはもう一方のひとに言う
「愛する人、許してちょうだい!」
しかし心臓のなかでは
すでに恐怖が歌っている
刃の鉄ががちゃがちゃ言っている。
「言葉」は紙を焦すことはないが
端っこを黄色くはしてしまう。


1974


*エレーナ・シュヴァルツ(Шварц, Елена Андреевна、1948-2010)は亡命詩人で、最初の詩集はニューヨークで出版されている。ロシア国内では地下出版によって名が広まり、国際的にも成功したロシア詩人の一人である。彼女の詩はキリスト教的な背景を基礎に神話的世界を漂う。