21 2月 2013

スーザン・バック-モース『夢の世界とカタストロフィ』

射程の広い本だ。
わたし自身は、ロシア・アヴァンギャルドの文脈からこの本を知ったのだが、その範疇には決して留まらない。というよりもむしろこの本のテーマそのものが「越境性」であるように思われる以上、これは当然のことだろう。

著者バック-モースは、マルクス主義のバックボーンを下敷きにして、「東」と「西」との共通点を見いだそうとするばかりか、自分自身をその歴史上に文脈づけて自ら「橋」になろうとする。
「マルクス主義のバックボーン」、と聞いてわたしと同じように若干戸惑う人もいるかもしれない。しかし、何か言説をしようとする際に何かに頼らずに言説を行うことが、一体可能だろうか。芸術を語る際にいくらかの政治性を帯びるのは、現代において避けられない。ましてやアヴァンギャルドという、政治と芸術の蜜月期を扱う本である。何らかの政治性は当然賦与されるものである。

この厚い本を読むのは楽しみ以外の何ものでもなく、この「本を"ひもとく"感触」、その心地よさを久しぶりに味わった気がした。

まずは構成の実験性が目を惹く。 第Ⅰ章「政治の枠組み」では、テクストが上下で2部に分かれている。テクストと、そこから派生し分岐したハイパーテクストである。
また数多くの図像(それは「理解を助ける」態のものではなく、完全に「テクスト自体」なのだが)や、第Ⅵ章「ライブの時間/歴史の時間」と題されたバック-モース個人のヒストリー、圧巻の注釈の量、などがこの書を異形のものにしている。

第Ⅰ部は、政治理論の部である。ここでは「経済と政治の分離」の問題、「国民国家=空間、階級闘争=時間」論など興味深い論が示される。
第Ⅱ部は、大きく言えば「モニュメント」についての部であると言える。「不滅性」を現実の相に転写すること。「芸術」→「生活」へ。「新しい人間」。ミイラになった「レーニン」。アヴァンギャルドの芸術家の前に、そもそも政権側が相当ぶっ飛んでいたこと(「不死化委員会」)。
第Ⅲ部は最も壮観な部だ。現代美術家(カバコフ、ソコフ、プリゴフ)とアヴァンギャルドが交錯し、アヴァンギャルドの最も「共産主義的」である部分はアメリカの最も「資本主義的」である部分と共鳴し、ヴァルター・ベンヤミンの言葉が交錯点を示す光となる。新しい身体(リシツキー、ガスチェフ、ヴァジム・シドゥール)、新しい建築(マグニトゴルスク、→新しい家族=皮肉にももっとも保守的な形態の家族)、新しい眼(ヴェルトフ、エイゼンシュテイン)。大衆であること。キング・コングとレーニン!
第Ⅳ部は、著者バック-モース個人のヒストリーをメインに、Ⅲ部で語られた事象についての解釈の試み、ソヴィエトにおける「ポストモダン」の可能性の萌芽、崩壊直前・後のソヴィエトにおいて「左」であることの困難さ。などが、著者とその他新鋭の哲学者たちとの交流、政治的衝突などを通じて、いささか感傷的に物語られる、異形のレクイエム的な章である。
それはあらゆる「あり得たもの」・「可能性」に対しての鎮魂となるはずである。それはもはや失われてしまい、もう二度と戻すことは出来ない。しかしそれこそが「ユートピア」なのだ。「ユートピア」は消えてしまったのだが、「ユートピア」とは夢見られ、消えることがその存在を可能とするものだ。 アヴァンギャルドの可能性は「ユートピア」である。それは今は消えてしまったからこそ「ユートピア」としていま現存する。逆にそれが「ユートピア」に留まらないとしたら、それは少し恐ろしい事態かもしれない。そのあまりの革新に対してわたしの身体はあまりに弱いからだ。
そしてアヴァンギャルドに著者バック-モース個人のヒストリーが重ね写し取られることで、ソヴィエト末期の哲学の萌芽も真空パックされ、「ユートピア」になるのだ。

それは懐古ではない。この本に刻み込まれたあらゆる傷が、痛みがそれを語る。その痛みは今ここで、わたしが感じるものとしての痛みである。

Susan Buck-Morss "Dreamworld and Catastrophe"(2002)
スーザン・バック-モース『夢の世界とカタストロフィ』(堀江則雄訳、岩波書店、2008)

追記:例えば八束はじめ『希望の空間』(住まいの図書館出版局、1988)や沼野充義編『イリヤ・カバコフの芸術』(五柳書院、1999)、グロイス『全体芸術様式スターリン』(現代思潮新社、2000を平行してして読めばテクストの次元がさらに拡張されることだろう。特に『全体芸術様式スターリン』は、バック-モースも提示しているロシア芸術史における「アヴァンギャルド」/「社会主義リアリズム」/「コンセプチュアリズム(ソッツアー含む)」の3つのフェイズを図式化・体系化して理解するのに大変役に立つ。この3つはお互いに密接に連動しているのである。

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