15 7月 2016

ピョートル・パヴレンスキーインタビュー(2016)

ピョートル・パヴレンスキー(Павленский, Пётр Андреевич、1984-、当時のレニングラード生)はいまロシアで最も有名なアクティヴィスト=アーティストといっても過言ではない。パヴレンスキーはその行為の過激さで有名である。Pussy Riot支援のために唇を糸で縫ったアクション「縫合」(2012年)を筆頭に、裸体に鉄条網を巻きつけたり(アクション「屠殺体(トゥーシャ)」、2013年)、自分の陰嚢を赤の広場の地面に釘で打ち付けたり(アクション「フィクセイション」、同年)といった観る者にも痛みを抱かせるような自傷的行為を行う他、ペテルブルグの橋上でタイヤを積み上げて燃やし金属板を叩いて音を出すことでウクライナのユーロマイダンを再現する集団的アクション「自由」(2014年)などを行ったアーティストである。2015年にはロシア連邦保安局の建物のドアに放火した(アクション「脅威」)が、これがもとで逮捕・拘留された。裁判では有罪となり、約50万ルーブルの罰金が科せられた。

01 7月 2016

アレクセイ・パルシコフの詩

TSe湾の地震

エヴゲーニイ・ドィプスキーへ

朝、テントが私のうえに
倒れてきた そして感じた 地形が
雌鶏の鶏冠のように
引き攣ったのを

足下を砂が這い回り
水が入った洗面器が私目がけて斜めに飛んできた
靴の片足が私を跨いでゆき
もう一足は 曠野が試しに履いていた
私は気持ちが悪くなり 目が見えなくなった
どこにあるのだ 私がその周りで振り回されている
あの仮想の足場は?

水平線から 未知の都市がちらと浮かんで
消え失せてしまった

私はみた ひとが2人窪地に横たわっている
陰のかかった ぐちゃぐちゃの泥の上に
男のほうには 力強い肩甲骨
女には 珊瑚色の脚
一匹のキリギリスにそっくりだ この人たちは 一緒にいると
金色の窪地に座すキリギリスに
男は 震えながら女のなかで長いこと彷徨っていた
エネルギーが環になって散っていった
女の脚をもつ キリギリスだ

我にかえって 私は待っていた 砂は麻痺し
鎖を解かれた貨物列車は錆びてしまっている

雲はとぐろを巻き 瘤のよう
善き力が通っていった 沿岸部を
そして 再び己れを引き裂きばらばらになったのは
ヨーロッパのマント ポロニウムが
身をくるんでいたのだろうか? ドスン! グサリ!

私はどこにいるのだろう? 窪地のところに 丘がある。

大地は 円錐形なのだ
しかも切っ先に取り残されている
その切っ先は蛇のごとくのたうちまわる
希望は むなしい。
貨物列車は 加速しているようだ
その場ながら袋小路で踊り歩いた
二重螺旋が2つ
ひとの中 ほど近く遊んでいた

私は歩いていった 忘我の境地にある二人組から
離れて向こうの方へ、
だが 何百メートルか
行くと私は 脚までぞくぞくと
身震いを覚えた、
rabbitという単語が脳裏をよぎった、
魔法をかけるような胸騒ぎに
映画のように 輝きを放ったのは、
喪われし棲息環境だ、
ガチャガチャと音を立てたのは 喪われし鎖だ、
私たちと最下等の生き物を結ぶ鎖:
雷帝が震えた
ラマルクとトカゲどもを和解させて
大気が震えた
私たちと空虚を 司祭アヴァクームと
ニコン総主教を 和解させて
巨礫が 弁のように
身を震わせた。白黒映画が
ばらばらに壊れてステレオになるように
機械の震えのなかで
新しい座標が
喪われたものを 探り当てた。
キノコ採りの女のように もつれ合った
視界の道がパッとひらけて
変化を 私は手に入れる
ことほどさように 変化し得たのである。
私はアメリカを掠め盗ることもできただろう
あの楕円の頭を持つ牡牛を
ほの白い閃光になることもできた
ハンマーと金敷との狭間の。
諸時間と空間の狭間の
かようなハサミが 口をあけた
あらゆる僭称の
可能性を私は超越したのである
物体が結合しあって
私は 惑星じゅうの
視界の棲息環境となったのである
慄き、胸騒ぎ・・・

アゾフの青ざめた丘陵のうえで
我が偶像たちが煌めき
世界と反-世界の
恥辱に身震いした。
女友だちと教師たち
かれらは聖歌を口から漏らした
ブギウギのトレーナーたちは
その咽喉を震わせて言う:
「徴が崩れ去ろうが
我らの寝床に火がつこうが
鶏が三度呼びかけようが
凝っと動かぬままでいよう
脆い注射針で打った
ノヴィカインが効いているごとくに。
神よ、我らを扶けたまえ
この大地に踏みとどまることを」

海ちゃんよ、お前は針の上を渡り歩く
小ちゃな蜘蛛
ほんのちょっと すっと静まって
ほんの少しだけ 黙りこんでしまった

そして視神経が私の方へと差し伸べてくる
再び あの慄き震える男女の組を
すでに 風のせいでぶつぶつと呟きを繰り返す
ランプの灯りのうえで揺れる椅子の影と
彼らは同化してしまっているが・・・

盃が散り散りになってしまって
突くような揺れが収まり 暴風が静まったとき
私は再び あの者たちを目にしたのだ
さまよい歩く もう若くはない一組を
教会法に定められぬ神々か
あるいは解剖学の図表か・・・

風が その者らの防水ズボンから櫂を引っこ抜き
そして 南へ漕ぎ出していったのだった。



*アレクセイ・パルシコフ(Парщиков, Алексей Максимович、1954-2009)は、ロシア沿海州・オリガ出身の詩人。1980年代ロシアで、「メタリアリズム」(エプシュテインやケドロフによる命名で、パルシコフ、イワン・ジダーノフやウラヂーミル・アリストフなどが代表的詩人といわれる)を代表する詩人とされる。1987年、アンドレイ・ベールイ賞(詩部門)受賞。1991年にアメリカに亡命し、モスクワ・コンセプチュアリズムについての論文でスタンフォード大学の修士号を取得。1995年からドイツ・ケルンに住み、同地で死去。今回訳出した「TSe湾の地震」は、詩集『ガラスの塔』より、イラストレーター、エヴゲーニイ・ドィプスキーとの共作。