08 6月 2017

レオニード・アロンゾンの詩

あらゆるものの間に沈黙がある。ただそれだけが。
ある沈黙があり、別の沈黙、第三の沈黙がある。
沈黙に満たされて、それぞれの沈黙が——
詩作の網を紡ぐ材料となる。

ことばは、糸だ。ことばを針に通してほしい
このことばの糸で窓をつくるんだ——
すると沈黙はこの枠にはまって
ソネットのなかの網の目となる。

網目が大きいほど 中に絡み取られた
魂も拡がってゆく。
どんなに大漁だとて平気となる

どうやって漁師は 網に目が一つしかないような
巨大な網を
つくることができるだろうか!

1968

すべては顔——顔は顔
埃は顔、ことばは顔
すべてが顔。あの方の。創造主の。
「あの方」ご自身にだけ 顔がない。

1969

まだ朝の霧のなかにうかぶ
あなたのうら若き口唇。
あなたの體は神が投げ落としたもの
庭やその果実のように。

あなたの前に立ちつくす
頂上に横たわるように。
久しく青色が空色へと
変わってゆくあの山の。

これ以上の幸福があるだろうか、庭として
庭にあることより? 朝に朝としてあることより?
なんと嬉しいことだろう
一日と永遠を取り違えることは!

夜 橋と橋とがお互いに歩み寄る
庭も教会も色褪せてしまう 最良の金のおかげで
風景を通りぬけてベッドへときみは向かう きみだったのか
ぼくの生に 蝶のように 死んでしまうまで磔にされているのは 

1968

やれやれ、生きている。死人みたいに死に体で。
ことばは沈黙で充ち満ちた。
天が与えたもうた自然の絨毯
原初の絨毯は ぼくが丸めてしまった。

皆のまえにすべてが揃っている 夜ごとに
横になり それを凝っと見つめる
グレン・グールド――わが運命のピアノ弾きが
音楽記号を引き連れて演奏する。

ほら、悲しみのなかに慰めがある
だがその慰めはいっそう恐ろしい。
思考が湧き起こるが出くわすことはない。

大気の花、根はなく、
ほらほら、ぼくのおとなしい蝶。
こうして生が贈られた、だがその生をどうしたらよいのだろう?

1969年11月

なんと気分がよいのだろう、荒地にいることは!
神々でなく、人びとに見捨てられた場所。
雨が降る、美が濡れそぼつ
丘状に盛り上がった古い林の、美が。

雨が降る、美が濡れそぼつ
丘状に盛り上がった古い林の、美が。
ぼくらだけがそこにいて、他の人とは違う感じ。
あ、霧のなか一杯やることの幸せ!

ぼくらだけがそこにいて、他の人とは違う感じ。
あ、霧のなか一杯やることの幸せ!
飛んでいった葉の描く軌道を、
ぼくらはその葉を追いかけているのだという思いつきを、覚えておいてくれ

飛んでいった葉の描く軌道を、
ぼくらはその葉を追いかけているのだという思いつきを、覚えておいてくれ
誰がぼくらに褒美を与えてくれるのか、友よ、どんな夢の褒美を?
それとも褒美はぼくら自身が自分に与えるのだろうか?

誰がぼくらに褒美を与えてくれるのか、友よ、どんな夢の褒美を?
それとも褒美はぼくら自身が自分に与えるのだろうか?
そこで銃で自分を撃ち抜くには 何も要らない
心の重荷も レボルバーに火薬も要らない。

レボルバーさえ要らないのだ。神さまが見ておられる
そこで銃で自分を撃ち抜くには、何も要らないのだ。

1970年9月

空っぽソネット

誰が私よりも有頂天になって、君たちを愛しただろうか?
神が、君たちを、神が君たちを、お護りくださいますよう、神よ。
庭がたたずむ 庭はたたずむ たたずんでいる、夜な夜な
君たちも庭にいて 君たちもまた庭にたたずんでいる

してほしかった、そうしてほしかったよ、ぼくの悲しみを
あなたたちにこんなふうに、こんなふうに悟ってほしかった、手間をかけることなく。
夜の雑草の姿をした君たち その小川の姿をした君たち
この悲しみが この雑草がぼくらにとっては嘘となった

夜に侵入する 庭に侵入する 君たちのなかに侵入すること
眼を上げる 目線を上げること 空、空と
庭の夜を 夜の庭を 庭を 天秤にかけるため
君たちの夜の声が庭を満たす

ぼくはそちらのほうへ行く。顔は眼だらけ…
そのなかに君たちがたたずむために 庭はたたずんでいる。

1969


きみではないのか、柔さの上で気がふれて
駱駝の弛まぬ歩みをもって
すべての海をその岸となり通り抜け
夜の思考に吹雪かれたのは?

あれはきみのところにではなかったのか、一糸纏わず
武器も持たぬ天使が降りてきて
ユートピックな希望を携え
陶酔的な友誼をもとめてきたのは?

まさか海の知が
風のみ、潮騒のみであったわけではあるまい?
わたしはこの目でみたのだ。きみの天使が身を隠しもせず

ゆっくりともの想いに耽りつつ
自分の曠野、自分の分与地へ飛んでいったのを
きみの背信に顔を曇らせながら。

1969or70


*Леонид Львович Аронзон(1939-1970)。
V.クリヴーリンは、アロンゾンについて、「ヨシフ・ブロツキーのライバル」と言っている。

0 コメント:

コメントを投稿