18 4月 2017

谷寿美『ソロヴィヨフの哲学』

谷寿美『ソロヴィヨフの哲学』(理想社、1990)

 ソロヴィヨフ思想(とりわけ初期)をめぐる論考として、非常にレベルの高いものを読みました。谷寿美『ソロヴィヨフの哲学』です。そのレベルの高さには、大きく3つの側面があると考えられます。①初期ソロヴィヨフ思想の包括的論考になっていること。②誠実さ。③圧倒的な原典根拠。

 ①について。論はソロヴィヨフの思想形成から認識論的側面・存在論的側面、さらには宗教をめぐる議論へと、ソロヴィヨフの思考を追いかけていくように、無駄なくかつ漏れなく丹念に語られるように思われます。②について。誠実さといういささか誠実でない言葉で私が言おうとするのは、むしろ谷からソロヴィヨフに向けられた敬意と言い換えるのが適当でしょう。谷は、ソロヴィヨフの一見「矛盾」と思われる言説をこまやかな手つきで取りだします。谷の誠意を私が感じるのは、彼女自身言明しているように、その際に独断的な価値判断でその「矛盾」らしきものを片付けまいとする姿勢です。「矛盾」らしきものを、まずはいったんそのまま取りだしてみること。「矛盾」には「矛盾」であるだけの理由があると仮定してみること。そこには谷の、ソロヴィヨフに向けられた信頼と敬意があります。文体に耽溺する批評=エッセイがありあまるほど世の中に存在する中で、この「敬意」がどれほど稀少なものか。そして驚くべきことに、その「矛盾」からこそソロヴィヨフという思想家の本質が露わになってゆくのです。③については、これは本文を読んでいただくしかありませんが、多いところでは誇張ではなく本当に一行一行に引用があり、出典表記が附されています。これも称賛されてしかるべきことでしょう。①③に関しては、確かにアカデミックな論文であれば、そうあって当然の事柄かもしれません。ただ②に関しては、著者の素質としか言いようのない優れた点だと言えます。

◆1。◆

『ソロヴィヨフの哲学』という単純といえば単純に過ぎる題をもつこの初期ソロヴィヨフ論は、1853年から1900年までのロシアを生きた哲学者の、1881年までの思想を扱う。だから、ソロヴィヨフの全思索のほぼ半分と言っていい。E.トルベツコイの区分によれば、ソロヴィヨフの「準備期」にあたり、ラドロフの区分では「修行時代」「遍歴時代」と呼ばれていて[I-5]、谷はこの時期こそソロヴィヨフがその思想を確立したという意味で重要であり、後半生は(再び回帰する時期はあるとはいえ)学問的著作から離れ実践的な批評活動に身を捧げていくという。

 さて、論を始めるにあたり谷が引用する文章がある。

人間が神性を受容し得る(感得し得る)のは、ただ自らが真に欠けることがない時のみ、全てのものとの内的な統一性にある時のみである。[『人生の霊的基礎』あるいは『神人論』で同意の文、Ⅱ-1]
 この一文が冒頭に置かれる問題提起であり、論はここに始まりここに回帰していく。人が神性を受容するとはどういうことか。自らに欠けることがないとはどういうことか。全てとはなにか。全てのものとの統一性とはどういう事態か。ソロヴィヨフに、あるいはソロヴィヨフ思想の難所にまつわる問いかけはすべてこの一文から発しているように思われる。

 ソロヴィヨフの難所といえば、谷がいみじくも指摘しているように、「矛盾」の問題がある。本論でソロヴィヨフの(一見)「矛盾」(と思われるもの)として例示されるものはおおまかに2つある[*以後「(一見)「矛盾」(と思われるもの)」を単に「矛盾」と表記することについて諒解いただきたい]。「三位一体」の矛盾(矛盾①とする)と、そして後に述べる「一元論と二元論」の矛盾(矛盾②とする)だ。「三位一体」に関わる矛盾①については、第二章でソフィアとの関わりの中で述べられようし、矛盾②については追って第四章から第五章にかけて論じられることになると思う。前述した通り、この矛盾こそが、論を追うに連れむしろソロヴィヨフの本質的理解に欠かせないポイントになっていく。

 歩みは長く、しかし着実だ。二章から三章にかけて、谷はロシア思想史と西洋哲学史を縦横無尽に駆け抜けてゆくだろう。そうでなければならなかった。ソロヴィヨフの思考自体がそういう道のりを歩んできたわけで、そこに忠実に寄り添うならばこのルートは通られなければならなかった。

◆2。◆

第二章「思想形成を促したもの」では、ロシア精神史が語られる。共苦(同苦)の精神、ユロージヴィ(佯狂)、フョードロフ、ドストエフスキー、ロシアにおけるキリスト教、メシアニズム、西欧派/スラヴ派、ホミャコフと「ソボールノスチ」、神秘主義。ロシア思想を考える上で欠かせない名前をほとんど挙げてゆくその道のりの果てにたどり着くのが、ソロヴィヨフの中心的なイデヤ「ソフィア」だ。

 まずは「ソフィア」にまつわる「三位一体の矛盾」(矛盾①)だが、この矛盾について、谷は第二章で論じている。この矛盾はソフィア(智、ヘブライ語のhokhmahが元で、そのギリシャ語訳sophiaからロシア語化)の位置付けに関わるもので、ソロヴィヨフの著作中には同じ「ソフィア」の語が、異なる位階の内に認められるという。第一には神の内にあるソフィア、三位一体の一を成すソフィアであり、第二には「流出論的」と谷のいう世界像のなかの世界霊魂としてのソフィアである。神を形づくるものとしてのソフィアと、「神的統一と現実の有象無象の中間者」「神的統一から離れて(…)バラバラの諸要素のカオス」[Ⅱ-8]といわれる世界霊魂としてのソフィアに隔たりがあることは一見して自明のことだ。この矛盾を、独断にも拠らず、はたまた単に論外として切り捨てることもせず、ソロヴィヨフに忠実に寄り添う形でどのように解決できようか? 谷の示す解決策が、「2つの三位一体性」論だ。第一の(と便宜的にするが)三位一体性は、絶対的本源とされる神を形づくるもので、霊と智と魂の3要素からなりつつも一体である謂わば「神の三位一体性」と谷がいうものだ。このなかで「智」(ソフィア)と呼ばれる女性的原理は、男性的原理であるロゴスを調停し均衡させ統一を生み出すものであり、神に内在している。(便宜上)第二のそれは現実的・存在的三位一体性と呼ばれるが、プロティノス的な世界像のなかに現れてくる。プロティノスは「一」から段階的に「智」、そして「徳」が生じる世界像を提示したが、ソロヴィヨフはそのモデルを踏襲するように、「純粋霊」から発し「神的な智」、「魂」へと至るモデルを提起した。このモデルにおいては、神的な純粋霊から人間各人の魂へと向かうベクトルは下降的で、神的な統一から個人主義的離散へといたる道筋となっている。ここにおいてソフィアは、個々の人間やなんやかやの存在の雑多な集まりである離散した「魂」と神的統一との間にあって、「世界霊魂」と同一視される(ちなみに世界霊魂とは、「人類であり、キリストの身体もしくはソフィア」[Ⅱ-8]と言われる。「キリストの身体」については後述)。類的・集合的なものとしての「人類」を抱握するものとしての存在だろうか。

 谷は、この矛盾が単に混乱したソロヴィヨフの誤謬でないとするならば(そしてソロヴィヨフ青年の明晰にとって誤謬であることなどおそらくないのだが)、第二の三位一体性は、ソロヴィヨフのうっかり出てしまった裏の顔=本音なのではないか? と述べている。ソロヴィヨフの問題意識の根源的なところには、西欧近代化の果てに個人主義に走り離散してしまった人類の姿がある。佯狂者的な「共苦」の思想や、フョードロフの主張を自分のものとして考えるに至ったソロヴィヨフにとって、人類の再統一の原理(復活が欠かせない)の模索は早急の課題だった。世界霊魂としてのソフィアが、神的統一と個々人の魂との間にあるものであるならば、近代化によって下降のベクトルをたどる一方であった我々が、どうにかして上昇の道のりを——個人主義から再び統一へと——歩むことができるのではないか。理論的に厳密とは言い難いながら、そうした祈りにも似たソロヴィヨフの本音、詩の中でしか垣間みえなかったといわれる彼の「夜の顔」が滲み出ることになる。

◆3。◆

「認識論的諸観点」と題される第三部では、ソロヴィヨフの『西欧哲学の危機』などのテクストを元に新しい知のあり方について論じられていく。『西欧哲学の危機』は、哲学徒には自信をもっておすすめしたい一冊だが、この学位請求論文でソロヴィヨフは当時流行していたハルトマンらの実証主義を槍玉に、カントをその首領とする西欧的な分析的な思考方法に批判をくわえていき、その中でソロヴィヨフ自身の立ち位置が明らかになっていく。批判対象となるのは前述のカント、ハルトマンに加え、ヘーゲル、デカルト、スピノザ、ライプニッツ、ショーペンハウアーと、ほとんど西欧哲学史に名を残すスターたち全員にソロヴィヨフの考察は及ぶ。それだけで若い哲学者の意気込みと射程の広さがわかろうというものだ。彼の言い分は、西欧哲学的な思考の、悟性的、分析的、抽象的、分断的性質を批判するものだが、それではいったい彼の側から主張されるものとはいったいどういった思考のあり様だったのか? それについてソロヴィヨフは『全的知識の哲学原理』や『抽象原理批判』のなかで論じることになるが、そのあり様こそ「自由神智学」とよばれるものになる。彼に言わせればこれは人類的有機体のアクティヴな発展を可能にするものだというが、形式的と悟ったからか、構想は中絶されている。それでも彼が書き残したところから読み解けるのは、社会:(に対し)「経済」・「政治」→(を経て)「教会」=自由神政制、芸術:「技芸術」・「美芸術」→「ミスチカ」=自由テウルギーへ、知:「実証科学」・「哲学」→「神学」=自由神智学という人間生活の社会・芸術・知という3つのフィールドにおける新しいあり方の構想であり、そこでは理念の直感(ホミャコフの「内的経験」を彷彿とさせる)が形式となるという。それぞれ→のあとに置かれたものがソロヴィヨフによれば、目的の状態(使命にしたがって結びつき、支え補う理想的状態)なのだが、ただしどれもあまり具体的に論じられているものではない。しかしながら、それでもここに、分析的思考から「生ける総体」(キレーエフスキー)的なあり方を目指すソロヴィヨフの方向性が、前章から引き続いて浮き彫りにされる。

◆4。◆

予告されたとおり、第四章からは「矛盾②」とした「一元論と二元論」の矛盾についての論となる。ソロヴィヨフの世界抱握のしかたには、おおまかに二通りあるように思われる。一方は、真実在(сущее)と実在(бытие)の二元を立てる観点[Ⅳ-1]と、「全ては私の表象」「全てはそれ自体としてある本質存在」として、現実の究極要因を「同時にアトムであり、モナドであり、イデヤである」と規定する観点[Ⅳ-2]の二つだ。この二つは明らかに齟齬をきたす。ここにある現実とその原因たる別の真なるものを想定する一方で、全てが本質的であり、現実の構成要素(アトム、モナド)が同時にその永遠不変の理念(イデヤ)でもあるとする言い方は、論理的な世界では通用しない。

 この矛盾に対しては、いま仮に「現実態」と「可能態」とを措定してみることにしよう。現状として考えると、私たちの現実世界は、永遠不滅の真実とは遠く隔たっているようにみえる。しかし人間は神になることができる(東方正教会の公式「神が人になったのは、人が神になるためである」を思い出そう)。その果てに、全てが一つになった総合的な世界が可能的に思考されて然るべきなのではないか?

 ソロヴィヨフはここで「絶対的なるもの(абсолютное)」という言葉を使っているが、彼はこの「絶対的なるもの」には2つの極があるとしている[『全的知識』、Ⅳ-4]。第一に、「満ち満ちたもの、完全無欠なもの」としてのポジティヴな志向性での(本質的に)「絶対的なるもの」であり、もう一方は「”あらゆる(現実的な)もの”以外のもの」としての「絶対的なるもの(過程を追って絶対に成っていくもの)」だ。第一に挙げたものが、ソロヴィヨフに言わせれば「絶対者」であり、第二の「絶対的なるもの」はその「絶対者」の他者である。人が神になってゆく過程で目指されるものは、後者、絶対者の他者としての「絶対的なるもの」の第二極であって、ソロヴィヨフによってその境地は「世界霊魂」と呼ばれることになり[Ⅳ-6]、それは第二章でみてきたように、集合的な「人類」のことである。そうした理想的な人類像を、谷は全的有機的全一体と言い表し、ソロヴィヨフの表現によれば、「一つの宇宙的神人有機体」「キリストの身体」「”教会”」あるいは「全地普遍教会」であって…ソフィアである[Ⅳ-8]

 はじめに「現実態」と「可能態」を仮に措定したが、ソロヴィヨフにとってこの隔絶——現実と理念、区別と一致、地と天、絶対に成りゆくものと絶対、つまりは人と神の隔絶——は否定されねばならない。そこに隔絶はない。ソロヴィヨフはいう。「君は中道を行け」[Ⅳ-9]。つまり、実在と真実在を峻別する二元論的な観点も、その区別されたものが実は一体であると明らかにする一元論的な観点も、実は同じ「全一(全かつ一なるもの)」から発しているのではないか。一元論と二元論を総合するような中道を行け。それはいったいどのような道だったか。

◆5。◆

「全一」「全て」。それはいったい何ものか。ここで谷はもう一つ手がかりとなる引用を与える。
人間の絶対的なるものへの志向、つまり、統一において全てであろうとする志向、もしくは全一であろうとする志向は、疑う余地のない事実である。この志向において、人間は潜在的に、或いは、主観的に絶対なるものである。一方、現実的に、また客観的に絶対なるものは、専ら、全てもしくは全一であることを志向することはなく、現実的に自らの統一の内に(全ての)全てを包摂している。或いは、現実として全一なるものである。そのような現実的な絶対性が人間の真の目的である。しかし、実際には、自らに与えられた条件下で有限存在である人間は、全一ではなく、ただ無限に小さな一単位であり、自らの外に一切の他者を有する。が故に、彼が全てとなり得るのは、ただ、次の場合のみである。即ち、自己の孤立性を捨てて、全ての他者とのポジティヴな相互作用の内にあり、他の全ての人々の生の内容を感受して、それを自らのものとしつつ、他の全ての人々と自己の自由の限界として関わるのではなく、自己の内容もしくは対象として関わることによってである。このようなポジティヴな関係においては、それぞれの存在は、(…)他の全てによって限界付けられるのではなく、全ての他者によって補われるのである。人間にあって絶対的ないし神的原理によって規定され、心理的にはの感覚に基づき、普遍的道徳の公式の積極的な部分を実現しているそうした諸々の存在の結びつきが、神秘的もしくは宗教的な社会、即ち、教会を形成する。[『抽象原理批判』160頁、Ⅴ-1]
長く引用したが、これがソロヴィヨフの中心的な思考といっても言い過ぎではあるまい。谷はこの言明から4つの要素を取り出す。①全一、②神化・神人性、③自己と自己の他者との関わりとしての全て、④愛に基づく有機的統一体=教会 の4点である。

 ①と④の関係性は、第四章のところで述べたことを踏襲する。①の全一とは、絶対的な実在、つまり本質的「絶対者」のことであって、④の教会は、人類が可能的に有する「絶対なるもの」(絶対に成ってゆくもの)のことである。前述したように、ソロヴィヨフの考えるところでは、ここで①と④はまったく同じもの(一元論)でもなければ、お互いに排除しあう別のもの(二元論)でもない。中道とでもいうべき関係性が間をとり結ぶのであって、2つの要素は相補的であり、お互いがお互いを果てしなく生み出しあう。それは相互補完的な総合原理としての一種の弁証法的な関係にあるといえる。そしてその動力は、愛である。[Ⅴ-2]

 ②と③を述べるときにソロヴィヨフが論じているのは、人間には神となるポテンシャルが備わっているとして、それでは神化が可能になる条件とはなにかということだ。冒頭の引用では「ただ自らが真に欠けることがない時のみ、全てのものとの内的な統一性にある時のみ」とあったが、ここで谷はドストエフスキーとフョードロフを引き合いに出しながら論じる。「全てのものとの内的な統一性にある」——それは、自己以外のあらゆる他者を自分のことのように感受すること。あたかも自分に対する時のように他者に対すること。ポジティヴな共感関係にあること。お互いに補い合うこと。あらゆるものに対して責任を有すること。それがソロヴィヨフにとって「全てになる」ことである。そして「全一」としての神=絶対者からはじまった思索は、離散状態を経て、また「全一」へと回帰していく…。帰着するところは同じでも、それはしかし始まりの全一、離散を経た上での「中道」としての「全一」である点に、ソロヴィヨフの独創がある。そしてその全一の原理とは、ソロヴィヨフにとってはなによりも「愛」なのである。

◆6。◆

ソロヴィヨフの単純でない思索の足取りを追ってきたこの論は、『愛の意味』などを論じるこの第六章で幕を閉じる。ここで中心的なテーマになるのは、ソロヴィヨフにおける「中道」そして「愛」の意味である。

 ソロヴィヨフは、新しい人間の有機的共同性を「教会」と名付けたが、それは従来のカトリックのいう「教会」でも正教会の「教会」でもない。彼自身が「聖霊の宗教」と呼ぶところの「教会」である。離散し孤絶している人間たちがもう一度集い、お互いに配慮しあい、相互に補い合う中で人と人との有機的なつながりとして現れてくる「教会」。だとするならば、人と人を、人と神を結びあわせ、この教会を形づくるところの力とは、「愛」の他ない。それは、まずいったんは自己を否定することを通して、その上で他者を全肯定するような愛である。その時この愛は、単なる一致した愛でもましてや区別する愛でもない。中道の、無差別の、肯定も否定も総合的に包み込むような「新しい愛」である[Ⅵ-2]。フョードロフやドストエフスキーからの思考を響かせながら、ソロヴィヨフは言う。真の愛は、死に対して生命を復活させる。それは肉体の再生、救済、復活を含まねばならぬ。あらゆる他者と共感の関係に入り、他に対して無条件に責任を負うことで、「個」の変貌は、「全て」「世界全体」の変貌となる。なぜか? 「いのちは無名だからである。」[谷、454頁]。いのちは一人の人間に属するような小さなものではない、そうではなく全体のいのちである。「新しい愛」「真の愛」を実践できる人間(いや、それ以上のものかもしれないが)を、ソロヴィヨフは「フセレンスキー・チェロヴェーク(Вселенский человек)」とする。この愛は、人を神の高みにまで連れてゆき、また逆に神の恩寵を地に降り注がしむる。そこでは道徳的悪のみならず、その物理的帰結としての病や死も打ち砕かれることになる。
この愛の事態が究極の復活である。[『ロシアと全地普遍教会』348頁、Ⅵ-3]


これが、やさしく、しかし圧倒的な強度で紡がれるソロヴィヨフ初期思想の道のりの、いちおうの帰結である。谷の議論の妥当性は、私には判断できないということは付言しておこう。原典にあたっていないし、そもそもアカデミックな意味での研究者ではないのだから。しかし谷とソロヴィヨフを結びつけるものは紛れもなく「愛」であり、愛の思想たるソロヴィヨフの思想をここまで見守ってきた私には、それを信頼するべきだ、その義務があるという声がきこえる。この本の名はかくも単純にも『ソロヴィヨフの哲学』と名付けられており、読後に反芻してみれば、そうだ、これはごくラディカルな意味での「哲学=愛智(philo-sophia)」の書であった…と心から納得できるのであれば、なおさらのことである。


◆附記。

Соловьев, Владимир Сергеевич (1853-1900)
本稿中で触れられたソロヴィヨフの著作。
- Кризис западной философии (против позитивистов). 1874. :『ソロヴィヨフ選集』第1巻所収「西欧哲学の危機」(御子柴道夫訳)、東宣出版、1973。
- Философские начала цельного знания. 1877.(『全的知識の哲学原理』)
- Чтение о богочеловечестве. 1878. :『神人論』(関竹三郎訳)、洛陽堂、1916。『選集』第2巻所収「神人論」(御子柴訳)、1972。
- Критика отвлеченных начал. 1880.(『抽象原理批判』)
- Духовные основы жизни. 1882-84. :『選集』第3巻所収「人生の霊的基礎」(御子柴訳)、1973。
- Россия и Вселенская церковь. 1889.(『ロシアと全地普遍教会』)
- Смысл любви. 1894. :『愛の意味・ドストエフスキー論』(御子柴訳)、東宣出版、1970。

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