31 12月 2016

ロシア現代美術まとめ

今年自分に課したテーマ[①コスミズム界隈の地図を把握すること(ロシア思想の概略をさらうこと)。②ソ連崩壊前後(80-90年代)のアート、思想、音楽界隈の地図をつくること。③現代詩人リストの更新、訳の継続。]のうち、この記事では②についてさらっておこうと思います(ただし主に美術について)。

これに関しては自分一人ではとてもかなわなかった。10月頃だったかと思いますが、「鉄のカーテンの時代の反社会的なソビエトアート」というレクチャーシリーズの存在を知りました(確かtwitter上で本郷のMitteさんがリツイートしてくださっていたのだと思います)。7月に第一回があったようで、毎月第四木曜日に開催されています。講師はNadia Kozulinaさん、東京在住のグラフィックデザイナーの方です。私は11月の第5回に初めて参加することができましたが、内容と雰囲気を含めトータルで素晴らしかったので、毎回参加しようと心に決めました。

社会に出ながらどうやってロシアとつながり続けていられるだろう? という問いを自分に課しながらいろいろな形で試行を、この1年間やってきました。そのなかで一つのヴァリアントとして思いついたのが、「大学をもう一度やる(いま、ここで)」という発想です。正直、いまの制度としての大学には希望を見出せません。特に人文学は大学の中で肩身の狭い思いをすることを強いられている。そんな状況の中で自由な学問などあり得るべくもありません。そういった形で現れてくる大学の危機と、私自身のロシアとつながっていたい(そのための勉強を続けたい)という欲望が、「新しい大学」というひとつの妥協点を見つけたのだろうと思います。

ジャック・デリダは『条件なき大学』という本のなかで条件なく生じる、別の仕方であるような大学について語っています。「条件なき大学は、当の無条件性が告げられうるいたるところで生じ=場をもち、自らの場を求めるのです。この無条件性が、おそらく、(自らを)思考をうながすところならどこにでも」。デリダの考える大学は流動的で、開放的です。我々が大学に入る、のではなく、我々から大学が生まれる、または我々が大学である。荻窪からも上石神井駅からも遠いスペース「あなたの公-差-転」でこの「ソビエトアート」のレクチャーが開かれていますが、11月に初めて参加したときに、わたしは「これが、あの条件なき大学の場だ」と思いました。大学は終わってしまいつつある。それならば、もう一度自分たちではじめればいい。このレクチャーシリーズは、こういう考え方の上でも大きなインスピレーションをもらうことができる場です。そこでは参加者はみな床に座り、お菓子やお茶などを飲みながら、時に質問を投げかけつつ、時にくっちゃべりながら、講師の話を聞く。そこにはヒエラルキーが存在せず、ただただ自由な雰囲気があります。こうした開放的な相互コミュニケーションのある空気のなか、行われる勉強は、理想的なものに思えます。これは「大学」だ、そう私は思います。制度の以前の、学ぶことへの純な喜びが担保する場としての大学。

それはさておき、以下に今後どんどん更新する形で、アーティストのリスト・レクチャーメモ等をアップしていきたいと思います。
ロシア語での人名表記の後につけた★をクリックすると、参考画像を見ることができます。

投稿:2016年12月31日
最終更新日:2017年5月12日

※スペース「あなたの公-差-転」(杉並区善福寺)のHPはこちら→http://kosaten.org。レクチャーシリーズ「鉄のカーテンの時代の反社会的なソビエトアート」は全10回の予定。基本的には毎月第四木曜日の19:30から開催されるが、詳細はHPで要確認。
これまで/今後のレクチャー日程については、http://kosaten.org/sovietart/を参照してください。



《第1回》前史

アヴァンギャルドの時代→公式の芸術として「社会主義リアリズム」の確立(1932年4月ソ連共産党中央委員会で「文学・芸術諸団体の改組について」決議採択=芸術組織の一本化)。
独立志向のアーティストは地下へ。

《第2~4回》1960年代:ノンコンフォルミストたち

①抽象表現主義、比喩表現主義、etc.
リアノゾヴォ派(Лианозовская школа):モスクワ郊外リアノゾヴォにアーティスト・作家のコミューンが形成された。中心人物はラービン。
→オスカル・ラービン(Оскар Рабин)、クロピヴニツキー(Лев Кропивницкий)、ネムーヒン(Владимир Немухин)、リヂヤ・マステルコーワ(Лидия Мастеркова)、オリガ・ポタポワ(Ольга Потапова)
アナトーリイ・ズヴェレフ(Анатолий Зверев):表現主義
ユーリイ・ズロニトコフ(Юрий Злотников):アブストラクト

②シュルレアリスム、形而上学的、キリスト教的、強制収容所アート、ポップアート、etc.
ウラジーミル・スレピャン(Владимир Слепян):アブストラクト
ヤンキレフスキー(Владимир Янкилевский):人影の絵画など。実存主義的とでも言おうか
オレーク・ツェルコフ(Олег Целков)、ピャトニツキー(Владимир Пятницкий) =シュルレアリスム的
クラスノペフツェフ(Дмитрий Краснопевцев):静物画・欠けたもの、プラヴィンスキー(Дмитрий Плавинский):「考古学的」、遺跡、層。プリミティヴ寸前 =哲学・形而上学的
ハリトーノフ(Александр Харитонов)、シュヴァルツマン(Михаил Шварцман):自分の作品を「聖なる画」(иератур)と称する =キリスト教を背景に持つ
ユーリ・ノレフ=ソーボレフ(Юрий Нолев-Соболев):雑誌『知識は力』の中心人物で、ヤンキレフスキーやユーロ・ソオステルらと協働。
マムレーエフ・グループ:作家ユーリ・マムレーエフ(Юрий Мамлеев)の家にハリトーノフやクロピヴニツキーらが集ってグループを形成していた。

③キネティック(光学)アート、etc.
キネティック(光学)アート=「運動(Движение)」グループ
レフ・ヌーズベルグ(Лев Нусберг)、フランツィスコ・インファンテ(Франциско Инфантэ-Арана;ランドアートも手がける)
ミハイル・チェルヌィショーフ(Михаил Чернышёв):レディメイドinソ連
トゥレーツキー(Борис Турецкий):アッサンブラージュ、アブストラクト、グラフィック等。
ロギンスキー(Михаил Рогинский):モランディ的なボトルの絵など。「ドキュメンタリー絵画」。

⇒1962年フルシチョフ・スキャンダル@マネージ(Манеж):アート界を揺るがす。
 「反社会アーティスト」の誕生。

《第5回》コレクター / 領域横断的アーティスト

①コレクターたち:アーティストの海外進出のキーマンたち。
アレクサンドル・グレーゼル(Александр Глезер):仏大使館とコネクション。
ゲオールギイ・コスタキ(Георгий Костаки):ギリシャ人。大使館で雑用をしながらアヴァンギャルド、反体制アーティスト、イコンなどの収集。
エヴゲーニイ・ヌートヴィチ(Евгений Нутович):トレチヤコフ美術館の写真部門勤務。作品を写真に残す代償に作品を持ち帰った。
レオニード・ターロチキン(Леонид Талочкин):ソ連初のキュレーターとでも言おうか。エレヴェーターの管理人などをして暮らし、貧しかった。作品のコレクションとともに、アーティストと交わした手紙のアーカイヴが残されている。
エドムンド&ニーナ・スチヴェンス(Эдмунд и Нина Стивенсы) :アメリカ人ジャーナリストのエドムンドと、ロシア人の妻ニーナ。
【この時代はジャズ喫茶「ブルーバード(Синяя Птица)」で一日限りの展示会が催されたり、(おそらく)ロシア科学アカデミーの「世界経済・国際関係研究所」で極秘の展示会などが催されていたらしい。】

②領域横断的アーティストたち(絵本、アニメーション):検閲のゆるい方へ退避した(政治から離れたかった)アーティストたちの受け皿としての子供向けアニメ・絵本。
ウラジーミル・レーベヂェフ(Владимир Лебедев):アヴァンギャルドの絵本挿絵画家。
タチヤーナ・マーヴリナ(Татьяна Маврина):カラフルな色彩。絵本の挿絵画家(に止まらないか)。『ロシアの昔話』、『およめにいった三人のむすめ』、『つる』など。
マイ・ミトゥーリチ(Май Митурич):日本でも翻訳出版されている絵本画家。訳書多数。アクサーコフ『赤い花と美しい娘と怪物の物語』、詩人フレーブニコフ原作のものも数点
ユーリ・ヴァスネツォフ(Юрий Васнецов):こちらも日本でも出版されている。トルストイ『3びきのくま』など。
レフ・トクマコフ(Лев Токмаков):絵本画家。『マルーシャ、またね』など。
ヴィクトル・ピヴォヴァーロフ(Виктор Пивоваров):「スレテンスキー大通り」グループにも参加。前衛アーティストだが、絵本で生計を立てる。
*アニメでは、ノルシュテイン、『チェブラーシカ』、『ヴィンニ・プフ(くまのプーさん)』、ロシアのトトロと言われることもある(らしい)『ちいさなドモヴォイ・クーズャ(Домовёнок Кузя)』、『アリの冒険』、『去年の雪が降っていた』などの紹介。
【ソ連時代のアニメには何重ものレイヤーがあった。子どもが見ても、高校生が見ても、大人が、アーティストが見ても、各様に解釈のしようがあった。】

《第6〜8回》1970年代:コンセプチュアリズムの時代

「スレテンスキー大通り」グループ
【60年代はアンダーグラウンドな実験作家の時代→70年代はよりプロフェッショナルな、自覚的な作家が登場する。絵本の仕事を兼務していたアーティストが多いのは異議深い。この仕事が、作品への文字の介入を呼んだのでは。スレテンスキーのアーティストは、作品の中で「スペース」を問題にする。eg.文字は空間規定力が強い。】
イリヤ・カバコフ(Илья Кабаков):説明不要。【外への恐怖感を抱いていた、「守りの」人。外の私である=彼と、本当の私の乖離。】
ユロ・ソオステル(Юло Соостер):カバコフの親友(カバコフ自伝の中で度々登場)。エストニア出身。モダニズムの教育を受けたためモスクワで大人気。常にノートと鉛筆を持ち歩き、何かしら描いていた。卵のモチーフ。
エルンスト・ネイズヴェスヌィ(Эрнст Неизвестный):彫刻。
エーリク・ブラートフ(Эрик Булатов):説明不要-2。【見かけほど単純じゃない。そこにアイロニーはない=常に真摯に考えて作品を作る。グラフィック、アブストラクトの理論家ファヴォールスキー(Владимир Фаворский)から影響。絵画におけるスペースの構築・現実の正確な描写。イデオロギー空間と非-イデオロギー空間の並存。社会的なものから離れるためのアート、問いかけるものとしてのアート。アレでもコレでもないところに「空白」がある=その答えのなさこそがアートだ】
オレーク・ワシリエフ(Олег Васильев):ブラートフとタッグを組み絵本の挿絵なども。絵本はかなり人気だったらしい。
・ウラジーミル・ヤンキレフスキー(既出)
・ヴィクトル・ピヴォヴァーロフ(既出):アルバム「キャラクター」でアーティストたち紹介。
イワン・チュイコフ(Иван Чуйков):「窓」の画家。
エドゥアルド・シュテインベルグ(Эдуард Штейнберг):アブストラクトなコンポジション。

ソッツ・アート
【結局は善vs悪といったモダニズム的思考で物ごとを捉えていた60年代アーティストに反発。ポップ・アートに影響を受けるが、アメリカのそれがモノの過多に対するアイロニカルな反応であるのに対し、ソ連のそれはイデオロギーの過多に対するもの。答えなき問題提起。】
コーマル&メラミード(Виталий Комар и Александр Меламид):80年頃亡命。決まったスタイルを持たない。すべてがフラット=典型的ポストモダン。fluxusとも繋がり、NYとの同時アクション。『コマール&メラミッドの傑作を探して』(川村記念美術館、2003)。
レオニード・ソコフ(Леонид Соков):伝統的美大(ストロガノフ校)を卒業、政府に属する芸術家組合でもそこそこの出世。その後徐々にソッツ・アート寄りに(直接コマルらと関係はない)。抽象的思考に対する日常性の優位(作品「イスと絶対主義」)。79年亡命。
アレクサンドル・コソラポフ(Александр Косолапов):75年亡命。82年、タイムズスクエアの「レーニン/コカコーラ」。最近、宗教的主題の作品が破壊される事件も。
ボリス・オルロフ(Борис Орлов)

◆1974年9月15日「ブルドーザー展覧会
ラービンらが主導した前衛アーティストの野外展覧会に対して、当局がブルドーザーでもって介入、破壊(当局は「木を植えるためだった」と言い訳)。外国のメディアからの批判を受け、当局が謝罪。前衛芸術が公のシステム内に受け入れられるきっかけに(→同年イズマイロヴォ野外展覧会には100人以上のアーティストが参加、大盛況。75年文化センターでの展示。現代アーティストたちやソ連ヒッピーたち)。ただしそれは検閲を内在化させるということでもあり、当局に認められた立場を潔しとしないグループもいた=コンセプチュアリストたち。

コンセプチュアリズム
【コンセプチュアリズムは、西欧で例えばJ.コスース『1つと3つの椅子』などの先例がある。ロシアのアートが世界に大きなインパクトを与えたとしたら、①キリスト教美術、②アヴァンギャルド(マレーヴィチ)、③コンセプチュアリズム(カバコフ)だろう。流派=школаであるが、しばしばшкола=学校のようであった(特に「集団行為」はレポートなどを書かせる)。】
・カバコフ(既出):様々なスタイルを変遷する。初期は、副業の絵本描きと並行して『アルバム』シリーズ(70s、アトリエの訪問者に読み聞かせる)など。アルバムの登場人物がしばしば消失してしまうのが特徴的だ。『回答実験例』『ジョコンダ』『このハエは誰の?』『宇宙に飛び出した男』『トイレ』(ドクメンタ出品)など、ソ連の日常・コムナルカでの生活を背景に成立する作品群。望んでいなくても逃れることはできない現実。インスタレーション『赤い車両』(91、社会主義リアリズム的内装の車両を通り抜けると、どこにもつながっていなかった。あの頃の未来はやっぱり来なかった。)、近年は街に設置される『なくなった手袋のための記念碑』などロマンチックな作品も。
・ピヴォヴァーロフ(既出):「描けないことを描き出す」こと=コンセプチュアリズムに特徴的なモチーフ。『どうやって魂の一生を描き出せようか?』『孤独の人のための日用品プロジェクト』など。
・チュイコフ(既出)→上記3人は「スレテンスキー大通り」グループからスタート。
・コーマル&メラミード(既出)
リンマ&ワレーリイ・ゲルロヴィン(Римма и Валерий Герловины):『立方体』シリーズ→表面に言葉が書いてある立方体、その中にも別の立方体。キューブに話しかけられる。『ハート』シリーズなど。
アンドレイ・モナストゥイルスキー(Андрей Монастырский):詩人。ソロプロジェクトとしては『塊』(75、意識していないが確かに存在するものを記録するという彼の基本的な姿勢を表明、部屋の片隅にものを溜めていく。ちなみに結局母親にぜんぶ捨てられた)、『大砲』(75、覗き込んでも何も起こらずベルが鳴る)、『指』(77、ボックスに手を差し込むと観客は自分を指さすことに)、『帽子』(83、帽子「持ち上げよ」→「戻すことはできるが、理解することはできない」)、『電気スタンドとの会話』(85、ソ連初のヴィデオアート、コンセプチュアリズムが肉体性を積極的に示さない中、裸でペインティングをしたモナストゥイルスキーの姿は異質)など。
「集団行為」(«Коллективные действия»):アーティスト以外(作家、図書館員等)多く参加。メンバーは、モナストゥイルスキーを中心に、ポリトコフ、マカレーヴィチ、エラーギナ、アレクセーエフ他。指定された時間に観客が野原に集まり、観察のなかで行為者(アーティスト)が何らかのアクションを起こし、それを記録するまでが一つの「行為」。アクションを集成した大部の本も出ている。初回『水を殴る』(アレクセーエフが川を殴るアクション)、『出現』(野原に集められた観客はメンバーが森の中から現れるのを目撃し、参加証明書を渡される)、『球』(内部でベルが鳴り響きながら、川を球体が流れていく)、『行為の時』(ロープを引っ張り続ける)など。公式サイトには144アクションが記録されている。形式としてはミニマル、エモーションとは少し距離がある。「意識していないが確かに存在するものを顕現化、記録」というモナストゥイルスキーの姿勢が随所にある。

《第9〜10回》1980年代:ソ連アートのニューウェイヴ、それから…

【60s(絵画メイン)→70s(60sへの反発。インスタレーションなど)→80s(絵画への回帰、シリアスさへの反発としてのユーモアなど)。ペレストロイカ以降、前衛アーティストたちも公に活動ができるようになる。Sotherby’sのオークション(1988)をもって、「反社会(非公認)アート」の終わりと見做してよいだろう。】

「グネズド(巣)」グループ(г. «Гнездо»):1975~1979。G.ドンスコイ、M.ロシャル、V.スケルシス(アート教育は受けていない)の3人による10のアクション。どれも記録に残しづらい作品で、「集団行為」ほど記録を重視せず、わずかな写真や証言しか残っていない=「わずかな記録しか現存しないものをアートと呼べるか?」という問いを投げかけつつ。『魂を抱く』(79年文化センターで「巣」の展示、一日で撤去。グループ名の由来)、『大陸の収縮(ゴンドワナ大陸回復)』(川の両岸でロープを引っ張り合って大地を再びくっつける)、『1m近くなろう』(ワシントンとベルリンで、互いに50cmずつ穴を掘る)
「ムホモールィ(テングタケ)」グループ(г. «Мухоморы»):1978~1984。S.ミロネンコ、V.ミロネンコ、S.グンドラフ、K.ズヴェズドチョートフ、A.カメンスキー(アートの教養あり)。R.ゲルロヴィナ(既出)の家などでアクション。コンセプチュアリズムのシリアスさへの反発から、作品にはライトな笑いがある。アクション『メトロ』(スケジュールに沿って行動、日記などに記録)、イラストレーション(『テングタケよ、世界にはお前が必要だ!』など)、本の制作(→即売)、レコード制作(『URLAFON』、『ゴールドディスク』)など幅広い活動。徴兵され活動停止。 
「SZ」グループ(г. «СЗ»):V.スケルシス(ex.「グネズド」)とV.ザハーロフのユニット。マッチをつくるプロジェクト。ロシア最初のグラフィティ「HOW? (КАК?)」「THERE! (ВОТ!)」(1980頃)。「モノからの護身と自己防衛講座」(机を怖がらせる。トイレと椅子を喧嘩させる)。「ポータブル展示」(84)。

「世界チャンピオン」グループ(г. «Чемпионы мира»、1986-88):ズヴェズドチョートフ、アブラマシュヴィリ、マトロソフ、ラトィシェフ、ヤフニン。学校の物理の先生(モホモールィのCD制作に携わる)に唆されて学生が結成。「正気にもどれ!(Опомнитесь!)」など。短期間で解散、あとはソロでの活動。特にズヴェズドチョートフは有名。
「医療解釈学」検査(Инспекция «Медицинская герменевтика»、1987-2001、):アヌフリエフ、レイデルマン、ペッペルシュテイン、ナソノフ。「芸術を診察する」と宣言、あらゆるもの(バーや家…)の観察、考察。自分たちの活動を定義しないし、わかりやすい作品を造ることもせず、もっぱら観察と考察。(ペッペルシュテインはピヴォヴァーロフ(既出)の息子;ボイスの「治療」?)

ユーリイ・アリベルト(Юрий Альберт):『わたしは~ではない』シリーズ(いろいろな作風の模倣)。文字による作品(『ティツィアーノ』など。例えばカバコフと違うところは、文字があからさまに手書きであること)。アクション『人に熱を与える』。彼のアパートに同時代のアーティストはみな集まっていた。
グリーシャ・ブルスキン(Гриша Брускин、1945-):作品「基礎語彙集」がSotherby’sオークションの表紙を飾る。

◆APTARTギャラリー
N.アレクセーエフ(Никита Алексеев、1953-)が自分のアパートに開設したギャラリー。当時のアーティスト(60年代の人も、同時代の人も)はみな訪れていた。アレクセーエフは元「集団行為」メンバーで、グループの閉鎖性に疑問を抱き離脱。展示にコンセプトを持ち込む(キュレーション)。西側のギャラリー「っぽいもの」をつくる(情報がなかったのであくまで「っぽいもの」)。裸体の写真に対してKGBから「同性愛のプロパガンダ」とクレーム、閉鎖。アートは一時沈静化。
・最初の展示:「TotArtグループ」展(82)。人生の全面的アート化。子供の誕生さえアート(『最良の作品』)。
・「SZ」グループの「愛撫とキスは人を醜くする」展(83):観客の脚に板を履かせ(人の間に常に一定の距離があるように)、体を縛る(抱擁できないように)。「有用な」アートの展示。『アートを戦争目的で使う』シリーズの「パルテノン戦車」。 

◆アヴァンギャルド・クラブ(Клуб Авангардистов)
あらゆる世代の前衛アーティストたちの、公式に認められた組合。この組合ができてから、展示のためにスペースを借りたりすることが可能になる。

◆展覧会など。
・「アートのためのビッツァ」展(86):モスクワ北部ビッツァ公園でアートマーケット。アレクセーエフ「『黒い正方形』の生と死」など。
・「地獄で」展(87-88):作品を土に埋め、半年後に掘り出すアクション=展示。
・「バーニャ」展(88):アヴァンギャルド・クラブ主催。モスクワのバーニャ(銭湯)で展覧会=パフォーマンス。コンセプチュアリズムの作家多数参加。プリゴフら。

◆スクワット運動:自分たちのスペースを確保する試み
「幼稚園」スクワット、「フルマン小路」スクワット(様々なアーティストが拠点に。工場のごとく芸術作品を生産。)

→ペレストロイカ以後、ロシアの前衛アートはある種世界的な流行に。訪ソした外国人が争うように非公式絵画を買い漁り、ロシア国内に主要な作品が残らない結果になった。
そして1988年、「Sotherby'sオークション」。


(……そして90年代以降のアクショニズム(Voina、PussyRiotなど)へ…)

【最後の質問タイム】
*オデッサやエカチェリンブルク、ペテルブルクでもシーンがあり、アーティストが輩出されているが、いちばん強力なムーヴメントとなり得た都市といったらやはりモスクワだろう。
*文学ならば、前衛的なものでも学校で普通に教えるが、アートはまだ追いついていない。ただし、バクシュテインの現代美術問題研究所(Институт проблем современного искусства、)や、ロトチェンコ写真・マルチメディア学校(Московская школа фотографии и мультимедиа им. Родченко、)などがあり、そこでは勉強することができる。国立のストロガノフ校などではまだだろう。



★参考文献リスト★
(基本的にカバコフ関連は量が多いので除いている)

《展覧会・図録》
図録『ソ連亡命作家展、東京都美術館「東京展」、1978。:玉石混交、とにかく多数、リアノゾヴォ中心に58人の出展。グレーゼルが館長を務めていたパリ郊外モンジュロンのロシア現代美術館から。
図録『Soviet Contemporary Art、中目黒Alpha Cubic Gallery、1990。:カバコフ、ブラートフ、ワシリエフらソッツ=コンセプチュアリズム勢がメイン。他にチュイコフ、エドワルト+エヴゲーニイ・ゴロホフスキー、グレッチナ、セルゲイ・ゲタ、ガシューニン、ポベージン、バジレフ、グニリツキーの計12名。
図録『ロシア・ソビエト アヴァンギャルド絵画の[過去と現在]、アーツギャラリー、1990。:20〜30年代アヴァンギャルドと同時代前衛の紹介。出展16人中11人が現代作家。シェフチェンコ、アストレイン、ズプコフ、カリーニン、ミロノワ、クロピヴニツキー、メドヴェーヂェフ、ズィリャーノワ、オルロワ、ブレゼー、ツェルシュ。
「10+10」展:89〜90年にかけてアメリカとソ連を巡回した現代作家展覧会。両国から10人ずつ参加。アリベルト、ミロネンコ、ペトルフ、プルィギン、ロイテル、シュートフ、スンドゥーコフ、ザハーロフ、ジュラヴリョーフ、ズヴェズドチョートフ。
図録『モスクワ・コンテンポラリー・アート展』、西武アート・フォーラム、1991。:グループ「世界チャンピオン」からヤフニン、ラトィシェフ、アブラミシヴィリ&マトロソフ、ゴル・チャハル(オガニシャン)。その他、ヴォルコフ、アレクサンドル・ヤクート、アイダン・サラーホワ、エヴゲーニイ・ミッタの計8組。
図録『ソビエト現代美術、世田谷美術館、1991。:大変オススメです。上に挙げた作家が広く浅く掲載。ウラジーミル・ソローキンのオブジェなども。41人(組)出展。
図録『ネオ・ラグーン、新潟アジア文化祭、1998。:ヴィターリイ・ドロズドフ、アナトーリイ・ネジンスキー、アンドレイ・ブラジノフ(ハバロフスクの作家3人)
図録『コマール&メラミッドの傑作を探して、川村記念美術館、2003(淡交社より)。
図録『Under ConstRussian、世田谷ものづくり学校、2005。:キュレーショングループEntomorodia企画。アレクセイ・チーホノフとエヴゲーニイ・ユフィト。
図録『種の起源、富山県立近代美術館・広島市現代美術館、2006。:巻末の文献目録が得難い。ブラトコフ、チェルヌィショーワ、ドゥボサールスキー&ヴィノグラードフ、ゴルロワ、クリーク、リベルマン、マチューリナ、マカレーヴィチ&エラーギナ、モンロー、ポゴルジェリスキー、シューリパ、ストルチコーワ、タヴァシーエフ、テル=オガニャン。
図録『浦塩とよばれた街、新潟市美術館、2008。:70年代(アクショーノフ、スヌィトコ、ラチョーフ、シュリフト)、80年代(シュティル・グループ、シマコーフ、セローフ、イオンチェンコフ、ジナトゥーリン)、パーヴィンら極東の現代美術シーンを紹介。
図録『ヤング、アグレッシヴ——ロシア現代芸術における挑発的なスピリット、武蔵野美術大学美術資料図書館、2008。:Entomorodia企画。ホエア・ドッグス・ラン(クダー・ベグート・ソバーキ)、アレクサンドラ・ガルキナ、アレクセイ・ブルダコフ、イェヴゲニ・ユフィト、イーゴリ・ベズルーコフ、ウラジーミル・クストフ、テル=オガニャン、ピョートル・ブィストロフ、プロヴムィザ、ワレーリー・チタク、ラデク。

《雑誌の特集、連載など》
・特集「ソヴィエト反体制の画家」:『藝術新潮』1978年11月。上記「ソ連亡命作家展」紹介特集。
・連載2020年からの挑戦—ザ・シミュレーショニスト7「Komar & Melamid—アート・イズ・ダイアリー」:『美術手帖』1989年10月。アーティストの対話。
・特集「ロシアの現代美術、断章」:『みずゑ』1990年3月。上記「10+10」展のレポート。
・特集「現代ロシアンアートの五〇年」:『AVANTGARDE』4号、Interarte編集部、2008年。
・『美術手帖』:上に挙げたもの以外だと、94年10月(特集「ヨーロッパ、ヨーロッパ」、インファンテインタビュー)、97年2月(鴻「モスクワアート事情」)、04年07月(特集「世界のアート・パワー!」鴻野さんの記事)、その他鴻野さんのレポート等。
・『ユリイカ』:コラムシリーズ「ワールド・カルチュア・マップ」に鈴木正美さんが時折寄稿しています。

《一般書、その他》
・アマルリーク(中田甫訳)『気に染まぬシベリア行き』、勁草書房「現代ロシア抵抗文集7」、1972。:ズヴェレフとプラヴィンスキーが随所に登場。
・ボリス・グロイス(亀山・古賀訳)『全体芸術様式スターリン』、現代思潮新社、2000。
・椹木野衣『シミュレーショニズム』、筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2001。:該当記事の初出は『美術手帖』1990年6月号。
・カバコフ(鴻英良訳)『カバコフ自伝』、みすず書房、2007。
・P. und I. Ludwig Stiftung. Nonconform: Russian and Soviet Art 1958-1995 (the Ludwig Collection). Prestel, 2007.
・バック=モース(堀江則雄訳)『夢の世界とカタストロフィ』、岩波書店、2008。
・キャレール(土屋良二訳)『リモノフ』、中央公論新社、2016。
・タラーソフ(鈴木正美訳)『トリオ』、法政大学出版局、2016。
・クレア・ビショップ(大森俊克訳)『人工地獄』、フィルムアート社、2016。
・グロイス(石田・齋木・三本松・角尾訳)『アート・パワー』、現代企画室、2017。
 *
・鈴木正美先生のHP→http://www2.human.niigata-u.ac.jp/~masami/
・鴻野わか菜先生
・この作業をしていて見つけた「ロシア現代美術研究会」なるグループのHP→http://rusconart.wixsite.com/home

以上は、基本的には自分の目で確認したもののみです。その際には、『種の起源』展図録巻末の文献リストが大変参考になりました。

※映画については、マルレン・フツィエフなど、この時代のリアルタイムの映画でまだまだ紹介されていないものはそれこそ無数にある。赤坂大輔氏のテクストなども有益だろう→たとえばhttp://www.ncncine.com/framencnc.html
拙訳で恐縮ですが→『チェマダン』のゲルマンインタビューなども時代の風景を知るには良い。
※この時代の音楽については、今後クリョーヒンのインタビューを訳すなど適宜フォローしていきたい。

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