30 12月 2016

ロシア思想2016

公開日:2016年12月30日
最終更新日:2017年3月27日

今年やりたかった勉強が3つあって、それは10月10日にツイートしているとおり→①コスミズム界隈の地図を把握すること(ロシア思想の概略をさらうこと)。②ソ連崩壊前後(80-90年代)のアート、思想、音楽界隈の地図をつくること。③現代詩人リストの更新、訳の継続。 というこの3つです。ここ半年はだいたいこの3つの目標に沿って、自分で自分に対して大学をやっていたのでしたが、今回はそのうち①ロシア思想のまとめ的なところの読書を総括するためにこの記事を書くことにします。


まず概略をぱっと掴むために何を読むべきか。わたしならまずはレヴィーツキイ『ロシア精神史』をおすすめしたい。古代から19世紀までよくまとまっていて読みやすく、教科書として最適だろうと思います。この本は通史的な、いわばタテの思想史ですが、ヨコの思想史とでも言える本が、ベルジャーエフ『ロシヤ思想史』です。この本はテーマ別の記述になっていて、一読すれば原題のとおり「ロシア的な理念(русская идея)」というもの(存在すればの話ですけれど)を把握できるんじゃないかと思います。テーマとは、例えば「ロシアとヨーロッパ」(2章)、「ニヒリズム」(6章)、「権力、アナーキズム」(7章)、「宗教思想」(8章)などで、それぞれの時代で多様な思想家がこうしたロシアの宿命的な問題に取り組んでいたことがよくわかります。

この2冊を片付けた上で、古代~18世紀にかけての宗教思想について深く知るためには御子柴『ロシア宗教思想史』がよいでしょうし、「メシアニズム」というテーマにこだわるなら高野『思想史』もよいと思います(ただし前者は専門的で、後者は論旨が単調なきらいがある)。ちなみにこうした記事を書きながら、マサリクの大著『ロシアとヨーロッパ』は未読です。入手のし易さからいえば、記述が淡白なきらいはあるもののクセジュのザパタ『ロシア・ソヴィエト哲学史』をオススメした方が本当は良いのでしょうね・・・。(しかしわれわれは公立図書館の底力を知らなさすぎる!という観点から、絶版本を公立図書館で探してみるのも一興かと私などは思います。ベルジャーエフもレヴィーツキイも絶版になって久しいですが、驚くほど身近な図書館に所蔵があることがあります。いまや大抵の都道府県に統合検索できる機能がありますから試してみる価値はある。)

ところで、読んでいて抗いようなく感じてしまうのは、ある種のわかりやすさ、つまらなさでもあるわけです。確かに面白い、それは事実です。個別に見ていけば、スラヴ派に見られるsobornost'(соборность)の考え方は共同体論の文脈で再検討されてよいように思いましたし、「土壌」など所々に一般的でない用語法があることは新鮮味を感じるに十分です。ロシア思想には宗教的な奇人から19世紀型の激烈な知識人などがいて、振れ幅が大きいようにみえます。ところが、一見それは「振れ幅」と思われるのですが、こうした類の面白さはじつは「思想家個人」に対して、つまり個々人のキャラに対して感じる面白さであって、テーマである問題系自体はロシアではずっと変わってこなかったような印象を受ける。それは東と西の問題であり、メシアニズムであり、ロシア性であり、ナチュラルにナショナリスティックなロシアへの愛憎です。雑駁に言ってしまえば、ロシア思想とはロシアのロシア性をめぐる議論であって、それを超え出る問題設定を打ち出せたのはソロヴィヨフやコンスタンチン・レオンチエフ、ワシーリイ・ローザノフら思想史的なアウトサイダー、そして文学者たちだけだったのではないか・・・? そうした疑念も、決して無根拠に言うわけではない、というのは上に挙げた本を一緒に読んでいただければ、わかっていただけると思います。ロシア思想は、基底にキリスト教(正教会)があり、ロシアへの狂おしいばかりの愛があり、そしてあくまでその上で、西欧とアジアとの間での揺れ動きがある、という構造がながく続いたように思います。もしかしたらこの「思想」なるものが主にインテリ層に担われていたからこその継承性・同質性なのかもしれません。それでも逆にその中で考えるからこそ、格段に射程が大きいソロヴィヨフや、ちょっと理解できないほど「平等」という考え方を憎みぬいたレオンチエフのような思想家が前景に浮かび上がってくる、というわけです。

また19世紀にはいると、本物の(在野の)やばい人たちが現れるようになります。フョードロフを祖とするコスミスト=宇宙主義(コスミズム)者たちです。ソロヴィヨフもこの中に数えられます。このひとたちの話は長くなるので、また稿を改めることにしようと思います。セミョーノヴァ『ロシアの宇宙精神』(西中村浩訳、せりか書房、1997)グロイス「ロシア宇宙主義」(『ゲンロン2』所収、上田洋子訳、2016)、あとフィクションも含めるなら伊藤計劃/円城塔『屍者の帝国』(河出書房新社、2012)が基本文献ですのでよろしくお願いします(?)。

さて、20世紀以降の話になると、文献も少なくなります。革命期の革命側については、私などが紹介するまでもなく文献は多いですし、個人的にはあまり興味を持てないのですが(レーニンでも読んどけば?という感じですし、アヴァンギャルドについての文献はなにしろ数が多い)、反革命側についても興味深い文献がいくつか日本語になっています。偉大なる御子柴道夫氏の類い稀な功績です。現代企画室から出ている「ロシア革命批判論文集」シリーズの『道標』(第1集)『深き淵より』(第2集)、それから成文社から出ている『ロシア革命と亡命思想家』、どちらも御子柴氏の関わっている文集で、前者はロシア革命期に出版された論集の日本語訳、後者は同時期の思想家のオリジナルテクスト及び解題のアンソロジーです。革命期の反革命側は、ソ連の公式史上では「負け犬」ということになるでしょうが、負けた側だからこそ為せる自分自身への痛烈な批判と内省があり、インテリ・知識人というものの影響力が失墜しているいま、どうして私たちは「負ける/負けた/負けつつある」のか? という問いを真摯に考える人にぜひ読んでほしい文集です。まさにインテリゲンツィアが自分の喉元にナイフを突きつけて自己批判しているところを目撃するような、切迫したスリルがあります。加えて、2017年2月に岩波現代全書から出た桑野隆『20世紀ロシア思想史』に期待したいところです。

というあたりで、今年のロシア思想研究のまとめとしたいと思います。昨年の同じ時期にまさにここ(実家)でリストに挙げている「ロシアの性愛論」シリーズを読んでいたことに思い致せば、ちょうど1年間くらいでの成果ということになる。暫定的なものなので(勉強は常に暫定的なものだ)、今後評価が変わる可能性は十二分にあるということは最後にしっかりと述べた上で、ひとまず締めることにする。


★ロシア思想・基本文献リスト★

R印は、レポジトリ等からダウンロード可のものなど。
《イントロダクション(餌)》
・青山太郎「ロシアの性愛論」(CiNiiでDL可):これが、文句なしに面白い。語り口もいいし、ロシア思想に非常に興味を持てるようなつくりになっている。
・清水昭雄「すべての人々が愛し合う世界は可能か」(CiNiiでDL可):K.レオンチエフ論。タイトルでグラッと来てほしい。

《概要(通史)》
・レヴィーツキイ(高野雅之訳)『ロシア精神史』、早稲田大学出版部、1994。
・ベルジャーエフ(田口貞夫訳)『ロシヤ思想史』、ぺりかん社、1974。
・ザパタ(原田佳彦訳)『ロシア・ソヴィエト哲学史』、白水社(クセジュ)、1997。
・マサリク(石川達夫・長與進訳)『ロシアとヨーロッパ Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』、成文社、2002~2005。=未読
・御子柴道夫「ロシア思想史(一)〜(四)」:11〜18世紀まで。千葉大学外国語センター『言語文化論叢』2,4,8,10号所収、1996、1998、2001、2002。R =未読

《概要(テーマ/時代別)》
・御子柴道夫『ロシア宗教思想史』、成文社、2003。:古代宗教思想。
・高野雅之『ロシア思想史』、早稲田大学出版部、1998。:メシアニズム。
・乗松享平『ロシアあるいは対立の亡霊』、講談社(メチエ)、2015。:ロシア・ポストモダン。
・桑野隆『20世紀ロシア思想史』、岩波書店(現代全書)、2017。:バフチン〜ポストソ連。

《各論・単著》
・ソロヴィヨフについては、著作集(70年代の東宣出版など)がある他、御子柴『ウラジーミル・ソロヴィヨフ』(岩波書店、2012)、谷『ソロヴィヨフ』(慶應義塾大学出版会、2015)などがある。ちなみに日本では早くも1914〜15年にすでに『神人論』等の翻訳がある。
・ベルジャーエフにも著作集(60年代の白水社など)がある。
・ローザノフ『ドストエフスキイ研究』(神崎昇訳、弥生書房、1962)=未読
・佐藤正則『ボリシェヴィズムと〈新しい人間〉』、水声社、2000。:アレクサンドル・ボグダーノフ。
・高野雅之『ロシア「保守反動」の美学』、成文社、2007。:コンスタンチン・レオンチエフ。
・ピーサレフ『生活のための闘い』、岩波文庫、1952。=未読
・ドブロリューボフには2000年代鳥影社より著作集あり。=未読

《革命期(ビッグネーム除く)》
・ボグダーノフ『信仰と科学』、未来社(転換期を読む)、2004。
・シペート『美学断章』、水声社(叢書・二十世紀ロシア文化史再考)、2004。
・ローセフ『神話学序説』、成文社、2006。
・ロシア革命批判論文集 ①『道標』②『深き淵より』、現代企画室、1999。:①ゲルシェンゾーン、ベルジャーエフ、S.ブルガーコフ、イズゴーエフ、キスチャコーフスキイ、ストルーヴェ、フランク。②(①からゲルシェンゾーン、キスチャコーフスキイを除いた全員)+アスコリドフ、Vya.イワノーフ、コトリャレーフスキイ、ムラヴィヨーフ、ノヴゴロツェフ、ポクローフスキイ
・御子柴道夫(編)『ロシア革命と亡命思想家』、成文社、2006。:ソロヴィヨフ、S.ブルガーコフ、トルベツコイ、ベルジャーエフ、ノヴゴロツェフ、イリーン、フェドートフ、フランク。

《補遺:かなり恣意的な原典リスト》 =未読多
☞学術誌掲載の翻訳など。
・イリイン(高橋健一郎訳)「メトネルの音楽」「メトネルの音楽について」「音楽と言葉(H.K.メトネルの演奏会に寄せて)」(『文化と言語』69号所収、2008)、「作曲家にして予見者であるニコライ・メトネル(現代ロシア音楽におけるロマン主義と古典主義)」(同72号、2010) R
・キレーエフスキー(長縄光男訳)「哲学の新しい原理の必然性と可能性」(『横浜国立大学人文紀要 第一類:哲学・社会科学』29号所収、1983)
・チャアダーエフ(外川継男訳)「哲学書簡1~4」(『スラヴ研究』6~9号、1962~1965) R
・トルベツコイ, ニコライ(芳之内雄二訳)「ロシア文化の上層と下層(ロシア文化のエトノス基盤)」「バベルの塔と言語混乱」(以上『北九州市立大学文学部紀要』79号所収、2010);「ウクライナ問題に寄せて」(同81号、2012);「本物のナショナリズムと偽りのナショナリズム」「全ユーラシアナショナリズム」(同83号、2014);「D.I.ドロシェンコへの返答」(附・ドロシェンコ「『ウクライナ問題に寄せて』に関して」、同84号、2015) R
・フェオドロフ[フョードロフ](高橋輝正訳)『共同事業の哲学』(抄)、白水社、1943。
・フロレンスキー(大須賀史和訳)「真理の柱と礎」("読者へ"+"第一の書簡";『Славиана』19号所収、2004);Florenskij(五條歩紀子訳)「造形技術作品における空間性と時間の分析」(『水声通信』4号、2006)
・レオンチエフ(千種堅訳)「分析、スタイル、雰囲気」(篠田一士篇『世界批評大系4』所収、筑摩書房、1975);「トルストイ伯の小説について」(『筑摩世界文学大系43』、筑摩書房、1972)
・ローザノフ(新谷敬三郎訳)「ゴーゴリについて一言」(篠田一士篇『世界批評大系4』所収、筑摩書房、1975)
・ローザノフ(神崎昇訳)『ドストエフスキイ研究』、弥生書房、1962。
・ロースキィ(宮本久雄訳)『キリスト教東方の神秘思想』(勁草書房、1986);ロスキー(矢ヶ崎紘子訳)「正教神学概論(1)〜」(上智大学神学会『神学ダイジェスト』115〜118号、120号〜連載中?、2013年〜)
・佐々木俊次『ロシヤ思想史』(地人書房、1960):キレーエフスキー「ヨーロッパ文化の特徴とヨーロッパ文化とロシヤ文化との関係について」「哲学に対する新しい基礎の必然性と可能性について」、ダニレーフスキー「スラヴ文化史的類型」「全スラヴ同盟」、レオンチエフ「世界愛について」(抄訳含む)

*島野(嶋野)三郎(1893-1982)の訳業。 =未読
島野については、雑誌『窓』(ナウカ出版)に95年から99年にかけて連載されたシリーズ米重文樹「精神の旅人・嶋野三郎」(92号〜110号、除100・105号)、または満鉄会・嶋野三郎伝記刊行会編『嶋野三郎』(原書房、1984)が詳しい。
南満州鉄道の社員としてロシア・ヨーロッパに派遣、ロシア人インテリ界隈と交流。パリでイリインやS.ブルガーコフ、ベルリンでフランクと交友、強い影響を受ける(上述「精神の旅人」参照)。亡命思想家たちに直接接点のある日本人がいた(!)ことにも驚きを隠せないが、彼を媒介として北一輝らが代表する国家社会主義思想のもとへ直接ロシア人思想家たちの言葉が届けられ、日本の政治思想界に受け入れられた。ロシアの思想と日本がこんなに近かった時代があったのだった(しかも、その是非は措くが、よりアクチュアルな、政治的なやり方で)。下に挙げるものは、戦争前後に雑誌『理想日本』(菅波三郎ら主宰)などの媒体に掲載されたり、あるいは公表ままならぬまま眠っていた訳稿などで、復刻も含む。
ロシア思想は日本の歴史上のある地点で、一人の男の仲介によって、アクチュアルで剥き出しの政治性と暴力の隣に寄り添うことになった。残された数々の文献がそれを証したてる。ロシアの亡命思想家たちの再発見は、例えば1970年の『道標』翻訳刊行(現代思潮社)を待たねばならなかった(知る限りでは)。換言すれば、亡命思想家たちが日本における北一輝的なものと決別する、あるいはその歴史を忘却するにはそのくらいの年月が必要だったということであり、1990年代以降御子柴先生を中心にリヴァイヴァルが始まっていくのは、思想のある意味での"浄化"、ディアクティヴェイションが完了したということなのかもしれない。
日本でロシア思想に向き合うものは、その文脈を意識するならば、生半可な覚悟ではやってならないのだろう。あるいは顕らかに、あるいは隠微に、ファシズムの根は潜んでおり、日本においてはそれがアクチュアルだった歴史さえあるのだから——。自戒としてここに記しておく。

・イリイン『人類は何處へ進みつゝあるか』(島野三郎、1939);『ボリシエイズムの害毒』(抄、同);『信仰に就て』(『理想日本』日本文化宣揚会叢書、1943);『祖国及び祖国愛』(同、1943);『民族に関する考察、民族主義に就て』(同、1941)
・トルベツコイ, ニコライ『西欧文明と人類の将来』、行地社出版部、1926。
・ノヴゴロドツェフ[ノヴゴロツェフ]『社会理想の研究』(上)、日露通報社、1935。
・ノウゴロヅツェフ『社会理想の法理学的研究』、南満州鉄道、1931。
・フランク等『成吉思汗の遺産とユーラシア学派』、上坂氏顕彰会史料出版部、1997。
・フランク『永遠者への道』(原題Смысл жизни、復刻、上坂氏顕彰会史料出版部、1999);『世界観としての唯物論』(『理想日本』日本文化宣揚会叢書、1943);『宗教と科学』(原題Религия и наука、復刻、上坂氏顕彰会史料出版部、1999);『哲学概論』(原題Введение в философию、復刻、同、1999);『マルクス主義に対する批判』(『理想日本』日本文化宣揚会叢書、1945);『道義的理想と現実』(『理想日本』日本文化宣揚会叢書、1943);『社会哲学』(復刻、同、2002)
・ブルガコフ[ブルガーコフ], セルゲイ『経済哲学』、改造社、1928。


(メモ)
https://kotobank.jp/word/ロシア哲学-1609620

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