15 7月 2016

ピョートル・パヴレンスキーインタビュー(2016)

ピョートル・パヴレンスキー(Павленский, Пётр Андреевич、1984-、当時のレニングラード生)はいまロシアで最も有名なアクティヴィスト=アーティストといっても過言ではない。パヴレンスキーはその行為の過激さで有名である。Pussy Riot支援のために唇を糸で縫ったアクション「縫合」(2012年)を筆頭に、裸体に鉄条網を巻きつけたり(アクション「屠殺体(トゥーシャ)」、2013年)、自分の陰嚢を赤の広場の地面に釘で打ち付けたり(アクション「フィクセイション」、同年)といった観る者にも痛みを抱かせるような自傷的行為を行う他、ペテルブルグの橋上でタイヤを積み上げて燃やし金属板を叩いて音を出すことでウクライナのユーロマイダンを再現する集団的アクション「自由」(2014年)などを行ったアーティストである。2015年にはロシア連邦保安局の建物のドアに放火した(アクション「脅威」)が、これがもとで逮捕・拘留された。裁判では有罪となり、約50万ルーブルの罰金が科せられた。


ピョートル・パヴレンスキーインタビュー「意志の自由があるところに生がある」
2016年1月15日@Meduza

アクショニスト=アーティスト、ピョートル・パヴレンスキーは、2015年11月から破壊行為の咎で起訴され拘置所に収容中である。パヴレンスキーは、アクション「脅威」のなかでルビャンカにあるFSB[連邦保安局。KGBの後身]の建物の扉に火をつけた。美術評論家が、燃えるFSBの扉をバックにしたパヴレンスキーの姿は現代ロシアの重要な象徴の一つであると論じた一方で、司法はパヴレンスキーを逮捕したのである。『ノーヴァヤ・ガゼータ』のナターリヤ・ゾートワ記者が『メドゥーザ』のために特別にパヴレンスキーと言葉を交わした。このインタビューは「FSINレター」システム[*拘置所に拘留されている人にメールや写真を送れるwebサービス]のもとに行われた。




どんな状況に置かれていますか?

援助をしてくれた皆さんのおかげで、必需品は十分すぎるほどです。オレンジがたくさんで、監房の何人かの隣人をもってしてもいまの今まで食べつくせていません。おかげでいま監房は何より柑橘類の倉庫に似た感じです。食べ物を快楽主義的なほど大量にもらった他に、本ももらいました。これもたくさん、ちょうどインスティチュートに通うのをやめてからここ数年の間読んでみたかったものがほとんどすべて揃っていました。
獄中の生活リズムは、教育機関の最良の伝統のなかで成り立っています。全体としては、(ちょっとした装飾の違いを除いて)私が学んでいた学校に似ています。ただ、ここでは本をゆっくりと勉強する時間がたっぷりあります。いまフロイトの『トーテムとタブー』を読んでいます。面白いのは、ロシアの監獄というコンテクストの内部でこの本を読むと、ロシアの特殊組織、政治組織に関して広範な理解を与えてくれることです。

つまり、大学を途中で辞めたと?

最初、私はモニュメンタルな絵画を学びたかったのです。それが芸術と何らかの関係があると考えていたからです。アクション「縫合」まで、わたしは2つの教育センターの生徒でした。シュティグリッツ・アカデミーと、「PRO ARTE」基金です。どちらについても卒業することを拒否しました。第二学年にあがる頃には、教権主義的なイデオロギーが浸透していること、財力のあるパトロンを探し出すデザイナーとしての人生を至上の価値とするシステムがまかり通っていることがもう明らかでした。ボリシェヴィキ体制下では、そうした「デザイナー(oformitel’)」がイデオロギーと党のエスタブリッシュメント層に奉仕していたのです。体制の公認のもとで奉仕する人物の役を演じる人生というパースペクティヴは、私にはまったく魅力的ではありませんでした。その時私は履修計画を疑ってかかりはじめ、それから授業に出ることそのものをやめたのです。

あなたを有名にしたアクションの道具は、あなたの身体でした。そして突然アクション「自由」[*前述]で火が現れました。火は何を象徴しているのでしょう?

アーティストとして、私は象徴にかかわる仕事をしているのではありません。権力の道具にかかわる仕事をしているのです。芸術全般を、私は意味にかかわる営み、これらの意味の表現の形式として理解しています。
ですから火は、シンボルではない。火は火であり、私にとってはそれが何の用途に用いられるかが重要なのです。火は氷を溶かし、明るく照らし出します。闇を切り裂き、隠されたものを明るみに出します。権力の装飾のむこうに隠されているものを明るみに出すこと、これが私の仕事の基底的な一つの局面を成します。それからもう一つ、火には形態を変貌させる大きな可能性があります。この変貌の良い例は、ルビャンカと、ルビャンカがその背後に身を隠していた「鉄のカーテン」です[*編集部註:アクションの名称ははじめ「脅威」だったが、間もなくルビャンカの扉が金属製の保護被覆で閉ざされているのを撮影した写真が現れ、SNSユーザーがアクションを「鉄のカーテン」と呼びはじめた。]。

逮捕と裁判は、ルビャンカで始まったアクションの続きなのでしょうか?

はい、続きですが、アクションそのものではありません。アクションは、ポリティカル・アートの一フラグメントに過ぎません。権力は私が起こした衝撃を拡大してくれています。鉄のカーテンの向こうのルビャンカこそがこれを証明しています。訴訟や審理、裁判が起こったことについては、ポリティカル・アートの形式とその境界に過ぎません。
いまや国家の領域内に存在する誰もが、体制とそのイデオロギーによる制約を受けようとしているのです。誰にとっても、許されることと許されないことの境界と、許容される変動領域が決められています。あらゆる国家にとって、人は国體(gosudarstvennnost')をつくるための材料であり、オブジェクトであり、生物学的なマテリアルです。一方で境界と形式の確立は、押しつけられた選択のスタンダードとの不協和であって、一人ひとりの人間の主体性と意志の自由の原則を守り抜くことです。加えて、芸術が意味とその表現にかかわる仕事であるということを私は確信しています。それでは体制のイデオロギーによって形式・課題・可動域があらかじめ制限されているときに、何らかの意味とかかわる仕事について言葉にすることは可能なのでしょうか?

国家の方からは、この物体化(objectivation)はどのように現れているでしょうか?

国家の要求、例えば新資源の獲得や人口の増大について話すときに、一人ひとりの、幾千もの兵士や妊産婦一人ひとりの痛みについて喚きたてる人は誰もいません。これを話しの対象にさえしないのです。誰もが義務の遂行だとか母としての幸福の獲得だとかについて話します。「英雄=母」賞という称号さえあるようです。その人たち一人ひとりの痛みは、緊急医療を受けるのでなければ、配慮の対象にはならないのです。
国家は国民に、マスコミや医学界の力を借りて、身体への向き合い方について不適切な恐怖症を教え込み、安全への顧慮を信仰へと持ち上げました。そうしなければ国家は、国體をつくりあげるための新しい自然資源および人的資源を得られないままであるからです。

そうした状況で、ひとはどうやって自分自身を勝ち取ることができるのでしょうか?

政治の基底的な道具とは、恐怖であるという意見があります。これはもちろんそうなのですが、私はこの道具に(世間の)要求を付け加えねばならないと思います。これが、統制と人々の服従との基底的な梃子なのです。イデオロギーと油でギトギトの鶏のグリルへの恭順な信仰というわけです。どこであれ、完全に恐怖を持たない人を見つけることは不可能です。人はみな恐れを、あれやこれやのものに対して恐れを抱いています。だから私は、誰かが恐怖全般を打ち負かすことを目指さねばならないとは思いません。それよりは、恐怖を慣習にし、何も考えずに服従するよう人に強いるような自動化作用を打ち負かすことを目指すほうが良いでしょう。

以前のアクションもそうですが、なぜあなたはFSBでのアクションのあと身を隠そうとしなかったのですか?

私は決してどこへも逃げたりはしません。沈黙の形象であり続けること、そして権力に反応しないこと。これが私の行為の原則の一つです。

裁判で、あなたは時効中断措置として沈黙をまもり、ただ罪状を(センツォーフとコリチェンコのように)「テロリズム」と認定し直すように求めています。[*オレグ・センツォーフとオレクサンドル・コリチェンコは、ウクライナ出身の映画監督(前者)、アクティヴィスト(後者)で、2014年のロシアによるクリミア併合に際してテロ行為を行った咎で同年FSBが逮捕。現在それぞれ20年と10年の自由剥奪刑に処せられている。アムネスティ・インターナショナルは逮捕の不当を指摘、解放を要求している。]

私は、その中に私が生きている政治的コンテクストにかかわる仕事をしています。はじめにも、プロセスの中でも、これは所与のものとして存在しています。FSBがテロリストのでっち上げをアクティヴに利用している事実は、もう長いこと明らかです。裁判において、私は世間で有名なエピソードを喚起しました。「クリミアのテロリストたち」の他に、ABTO事件と呼ばれるケースがあります[ABTOは「戦闘的テロリスト自治集団」の略称。ナショナリストの若者のグループで、FSBの建物に火をつけるなどした]。このケースでは、(私たちの行為と似ていて)放火罪になるのですが、しかし私たちの場合はさまざまな罪状で起訴されようとしています。これは、ABTOに対する、あるいは私に対する、法廷と司法の横暴です。

多くの人が、あなたの姿勢に強い印象を受けたが、それを繰り返すことは決してできないだろうと言っています。みなそれぞれ失いたくない自分のよく整備された人生があるのです。

ひとがどうして「よく整備された人生」にしがみついているのか、私にはわかりません。それは人生ではなく日常の牢獄です。生きることは、意志の自由があるところにあるのです。

いま起きていることに注意を払わないことや、自分のプライベートな人生を生きることは、意志の自由の行為となり得るでしょうか?

あなたがおっしゃっていることは、現実逃避です。しかしこの場合の現実逃避は、単に逃避であるだけでなく、憎むべき体制を間接的に支持することにもなります。目を閉ざすこと、そしてこうした種の沈黙は、すべて満足いくものだということを示すことです。こんなところで、いったいどんな自由について話ができるでしょうか。

私は、あなたの恋人のオクサーナと法廷で話しました。彼女がことさら言っていたのは、あらゆる消極性が、連ドラをみるためにソファーに座ることすべてが、権力を支持することなのだということでした。立場は2つしかない、賛成か反対かなのだ、と。反対を表明しないのなら、それは間接的に「賛成」することになるのだと。これはあなたの意見でもあるのでしょうか?

オクサーナには賛成ですが、部分的に、です。いま起こっていることは自分に関係ないという風を装うとき、ひとはその消極性によってアクティヴに体制を支持することになります。ですが、これは単に立場の問題です。ポリティカル・アートのプロセスについて話をするとき、あらゆることがもっと複雑です。何よりも、これは理解=解釈を求めるための闘争なのです。例えば、生の意味はどこにあるのかといった理解=解釈です。解放を求める日常的な闘争にあるのか、それとも安逸な服従にあるのか?

本当にその2つしか答えがないのでしょうか。

いいえ、違います。国家がひとの生というものを変えようとしたがっているところのものと、本能的な防衛反射が駆り立てるところのもの、そこのところを意識的に対置したまでです。この反射とは、つまりひとの生を家畜の生き方と何ら変わりないものにしてしまうような諸条件からの解放をひとが目指すことです。よくよく肥えさせられた家畜の[生き方]といってもよいでしょう。
安逸さ(快適さ)は、何よりも麻酔であって、引き返せぬ死と[生命活動]停止への近接のプロセスをそこまでの苦痛をもたらさないようにしてくれます。が、あらゆる解放は超絶な努力によってもたらされます。けれどもそれは、単に[いまいる]場所に留まり、いまとっている立場を固持せんがために必要であるだけの努力に過ぎないのです。

あなたが苦行者であること、そしておそらく物ごとにほぼまったく頓着なさらないことはあなたについてよく言われます。あなたは主義として消費というものを何か悪いことだと考えているのでしょうか。

私(とオクサーナ)は、「善し悪し」の原則に拠って立ちはしません。物が備える重さと軽さとを考慮して歩を進めています。そうすると1トンもあるような家具やら諸々のがらくたを背負わされたロバみたいな生き方という考えは、私たちにはまったく魅力的ではありません。何のために自分の人生に重荷を負わせるのでしょう? 人生は一つきりのものです。身軽に、そしてあたかも自由であるかのように生きる方がいい。

他者の所有物を廃棄することは芸術行為とはなり得ないと言ってあなたを非難する人たちもいます。曰く、あなたはまたこんなふうにして誰かのところのドアに火をつけるだろうと。こういう意見に対して何か答えるべきことはありますか?

ルビャンカの意義や歴史的な役割というコンテクストの中で、上塗りのニス層の損傷について懸念することは、疑う余地なく頭のおかしいことであると言えます。ですが、より程度の大きい狂気は、自分の家のドアとこの組織[FSB]の扉を比較することにあります。ストックホルム症候群[*監禁事件等の被害者が、加害者に愛着を抱く心理状態]です。[この2.つのドアが]比較対照できるのだとこの人たちが本当に確信しているのならば、彼らのドアにいったい何をしでかしたのか、考えるのも恐ろしいと、私は言いたい。

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