15 5月 2016

ドミートリイ・バーキンインタビュー

ドミートリイ・バーキン(ドミトリイ・バーキン、Дмитрий Геннадиевич Бакин)は1964年生まれのロシア語作家。公に出ることを嫌い、作家について詳しいことはほとんど知られていない。写真も一枚くらいしか残されていない。実質的なデビュー短篇集『出身国』(1996)は、同年のアンチ・ブッカー賞を受賞したが、作家が授賞式に現れなかったエピソードは有名である。作家本人は、本職はトラックの運転手であるという姿勢を頑なに固持し、この濃度の高い異様な短篇集の他には、『死から誕生へ』(От смерти к рождению)という仮タイトルがつけられた長篇の断章と、幾つかの未刊の短篇(インターネット上で読むことができる)、そして死後に出た『転落について、破滅によって』(Про падение пропадом, ISIA Media Verlag UG, 2016)という未刊/未完の短篇・長篇やインタビュー、手紙、作家本人によるイラスト、批評家や研究者によるテクストが集成された本が遺されているばかりである。短篇集『出身国』はなんと2015年についに日本語になった(秋草俊一郎訳、群像社)が、その直後にバーキンの死が伝えられた。作家の手元に送られた日本語訳を作家が手にすることはついになかった。

以下に訳すのは、前述の『転落について、破滅によって』にも収録されている、バーキンが生前に遺した唯一のインタヴューである。もっとも、記者がバーキン本人に面会することはなく、やりとりは手紙でなされた。

(*ちなみに日本語版『出身国』は2015年12月時点で、400部売れただけという・・・(参考)。河出のソローキン買うお金を群像社に!)

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ドミートリイ・バーキンインタビュー

2008年@『VZGL'AD(ヴズグリャート)』誌
http://www.vz.ru/culture/2008/8/3/192512.html

*文中[]内は、訳註である。

ドミトリイ・バーキンは、最も奇妙で謎多い現代ロシア作家の一人である。15年ほど前、バーキンは薄い短篇集一冊を「鳴り響かせ」たが、その本は好意的な批評を得るとともに、ヨーロッパ諸言語に翻訳された。

すでにその頃にはバーキンは公に出ることを敬遠していた。『OGON'OK(オゴニョーク)』誌の叢書のなかで出版されたバーキンの最初の作品集(この叢書は赤い小口の白い小冊子で、カバーに必ず白黒の著者の写真があったことを覚えていますか?)は、顔の代わりに風景が印刷されて世に出ることとなった[1991年に出版された短篇集『鎖』のこと。『出身国』にも収録された3篇が初出]。

バーキンの短篇を寄せ集めた2つ目の本はリムブス・プレス社から出たが、見本刷りの段階からすでに写真が掲載される見込みはなかった。この閉鎖性は、それがイメージの一部分となってしまうようなペレーヴィン的[ロシアの現代作家ペレーヴィンも、戦略的に著者の顔写真を公にしない姿勢で有名]なものではなく、書くことを好みながらそれを本職とはしなかった人間の自然な要求だったのである。

その後バーキンは完全に姿を消した。彼が長篇を書き上げつつあると明らかになったのは、つい最近のことである。小品だが、とても重要な作品であり、『死から誕生へ』という仮タイトルがついている。この10年間で初めての作家へのインタヴューは、インターネットを使わないバーキンが本誌に手紙で回答したものである。電子手紙ではなく、普通の手紙であり[ロシア語で言うe-mailを直訳すると「電子手紙」となる]、質問に対する回答はバーキン氏が直筆した。


どれくらい長く執筆されているのでしょうか? 書かれたものは手元にたくさんあるのでしょうか(出版された短篇集や長篇からの断章を除いて)?

最初に出版された短篇は22か23年前に書かれました。正確に申し上げることはできません。というのも書かれたものに日付を書いておく習慣がなかったからです。その短篇もすぐに出版されたのではありません。今のところ、必要だと私が思ったものはすべて出版されました。執筆中の長篇がどれくらいの分量になるのかは、わかりません。でもまぁ、多くはないでしょう。

なぜ書くのに時間がかかるのでしょうか? 書かれたものを校正したり書き直したりなさるからでしょうか、それとも何か他の理由があるのでしょうか?

自分が書くのが遅いということには、人生の25年を捧げた自分の本職から離れてはじめて自覚しました。あの頃は、そもそもまったく書きませんでした。たいてい休暇とか休日に書きものに取り組んでいたのですが、書かれたものを校正したり書き直したりといったことはいつもたくさん行っていました。

あなたはご自身のために書かれているのでしょうか、それともある仮想の読者のためにでしょうか? あなたにとって、テクストが他の人に対して公になるということはどれくらい大事なことなのでしょうか?

個人的には、人はみな最初はまず自分のために書くのだと思います。たしかに私にとってその人の感想が大切な人たちというのはいますが、わずかです。ですがまさにその人たちが適切な時に、私によって書かれたものが出版されるように強く言い張ってくれたのです。仮想的な読者について、もし考えるならば、私はよく考えるように努力しています。テクストが他人に公になることが大事なことだなどとは、私には言えません。

他の作家や詩人とは交流がありますか?

たいへん稀です。

職業共同体の中に根を下ろして在籍していることは、書くことの一助になると思われますか、それともまったく反対に、書きものから遠ざけてしまうと思われますか?

作家の職業共同体の中にいたことはありません。他に職業があったからです。ですがこう思います、作家共同体の中にいることがもし書くことの助けになるとしたら、こんな場合だけのことでしょう、つまり当のこの連盟の風習を描写することを目的に置く場合です。私の考えでは、書くことの助けになるものとは、煙草であり、餓えであり、冬、そして冬の雪なのです。絶望が助けになるという人もいるということは知っています。

あなたにとって書くことはなにを意味するのでしょうか?あなたはご自身の生を記録し、大事なことをことばに表そうとし、説明しようと試みてらっしゃるのでしょうか?

書くことは、自分の登場人物の道を行くことであり、その登場人物たちの宿命を紙の上に定着させ、そして形に留めようとしているのは、[生ではなく]思考です。自分の生を描写することは、まずないでしょう。このことを利用して何かを説明することが可能なのかどうか、私にはわかりません。そもそも説明する価値があるのでしょうか?

長篇と短篇、どちらのほうが着想および執筆するのが難しいですか? どちらのジャンルがより成り難いでしょうか?

より価値があるのは、より良く書き上げられたものです。当然、多くの長篇にも勝る短篇もあります。そのよい例が、ユーリ・カザコフの作品です。私にとっては、長篇を書くほうが難しいことです。これを始めて以来、より頻繁に、頻繁に、「これは私のためのジャンルではないのだ」という考えが浮かんでいます。時おり、私は内臓を紙の上に移植する作業に取り組んでいるのだと思われるまでになります。そんな時にはいつしか私は書くのをやめてしまっているのです。これは作品の構想が熟し、十分明晰なものになるのと紙一重です。おそらく私のジャンルは、なにはともあれ短篇であるようです。それとも、9年間ずっと私がそもそも何一つ書かなかったということが問題なのかもしれません。

いまあなたは長篇を書いておられます。テクストが終わり、[これ以上]修正を必要としないとわかる瞬間は、どのようなものだとお考えですか?

すべては、あなたに残された時間にかかっています。私は章ごとに長篇を書いています。私の考えでは、ある一章を書き上げたら、2〜3ヶ月寝かせつつ先を書き、そしてまたこの章に戻ってくるのがいいと思います。そうしたら書かれたものを多くの点で違う受け取り方をするでしょう。まるで、今なら違うふうに振る舞うだろうと認めながら、過去の自分の振る舞いを思い出すように。何かにおいてやり直している時には、これだけのことでもやり直せる可能性を手の内に持っていることが嬉しくなってしまうものです。なぜならそうした[やり直しの]可能性というものを人生は与えてくれないからです。そして作家にとって文学とは、生よりも惜しみなく与えてくれるものなのだということが理解できるのです。

あなたは思いつくままに書くのでしょうか、それとも明確なプランがあるのでしょうか。

何かを書こうと準備しているときには、プランは必要だと思いますが、明確なプランを持っているなら、純文学には携わらない方がいいと思います。必要不可欠な明瞭さに欠けるような仕事があり余るほどですから。

その人の作品を目標とするような、あなたにとって参考例であるような、お好きな作家はいますか?

とてもたくさんいますし、たいへん雑多な作家たちです。ところで、赤の他人が書いた作品を一体どんなふうに目標にしていけるというのでしょうか、私にはわかりませんが。作家について言うならば、ムージルとアストゥリアス、ブーニンとフォークナー、トマス・ウルフとユーリ・カザコフ、サン=テグジュペリとガルシア=マルケス、プラトーノフとカミュ、[クヌート・]ハムスンとメルヴィルです。それとドストエフスキーですね、われわれ皆の先駆としての。

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本文は以上だが、末尾にバーキンが挙げていた作家たちについて少し解説します。
・アストゥリアス、ミゲル・アンヘル:ラテンアメリカ(グアテマラ)。マジックレアリスモの草分けとされる。『グアテマラ伝説集』、『大統領閣下』など。
・ブーニン、イワン・アレクセーエヴィチ:ロシア→フランス。ノーベル賞を初めて受賞したロシア語作家。短篇で有名。
・トマス・ウルフ:20世紀アメリカの作家。日本ではほとんど絶版になっているが、『天使よ故郷を見よ』などの翻訳があった。
・カザコフ、ユーリ・パーヴロヴィチ:ソ連の作家。短篇で有名。日本語訳では、文学全集等に掲載された短篇が数作ある。
・プラトーノフ、アンドレイ・プラトーノヴィチ:ソ連の作家。この人もバーキンに比肩する異形の文体の持ち主である。『土台穴』、『チェヴェングール』など。岩波から短篇集もある。プラトーノフの短篇を原作としたソクーロフ監督の『孤独な声』もある。
・ハムスン、クヌート:ノルウェーのノーベル賞作家。『ヴィクトリア』、『餓え』、『土の恵み』など。

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