26 5月 2014

文字21

ロシアには「舌サラダ」といって牛やら豚やらのタンが入ったサラダがありますが、咀嚼にいそしむわたしの口のなかで、ときおり野菜に紛れて妙に生々しいのがあって、そういうのを食べると、フレンチな接吻を行為したことがなくてもそれを疑似体験できるはずですから、それ食って、人肉使用・営業停止を伝える明日の新聞を想起して、舌を転がしながら、へらへら笑ってろ

文字20

30度近くを記録した5月25日のロシアでアイス祭りというイベントがあって、隅っこのほうでアイスクリームを食うなどしていたら、なにかこう憂いのある目をした女の子が近づいてきて、わたしの目を見て2回ほど頷き、なにを諒解したものか、わたしに白い大きな風船を託してどこかへ消えていってしまったものですから、思わず手を差し伸べてしまったわたしとしては、アイスクリームと白い大きな風船とを抱え込んだまま、途方に暮れるほかなかったのです。

22 5月 2014

ロシアのインディー音楽(音楽サイトFar from Moscowについて)

以下に掲載するのは、ロシアの情報誌「アフィーシャ(Афиша)」誌のネット版に『イギリス人にはぼろぼろでもいつも手の届くところにマイクロバスがあるが、マガダンでは永遠にそこに留まったままかもしれない』という長いタイトルで掲載されたロシアのインディー音楽事情についてのインタビュー記事の全文翻訳です。原文はこちら

インタビューを受けているのは、ロシア・東欧音楽の紹介サイト「Far from Moscow(記事中では以下FFMと略)」を運営するデヴィッド・マクファディエン(David MacFadyen)氏です。記事中の紹介文によると、「FFM2008年から定期的にスラヴ圏やバルト諸国のインディ音楽シーンについて発信し続けている、おそらく唯一の英語メディアである」とのこと。センスは非常に高く、わたしがロシアにこんなに水準の高いインディカルチャーがあるのだと知ったのもこのサイトを通じてでした。
記事中で本人も語っているように、音源の数が多すぎて時にとりとめもない印象を受けるかもしれませんが、そこはご愛嬌。ロシアでも、地方のシーンに注目して紹介するアティチュードは非常に好感が持てます。

リンク:
Far from Moscowホームページ→http://www.farfrommoscow.com/
その他、SoundCloudBandcampTwitter、Facebookに公式ページがあります。


19 5月 2014

よみがえるグルジア映画

以下に掲載するのは「ボイス・オヴ・アメリカ(VOA)」ロシア語版ホームページ掲載の、『グルジア映画は甦る』と題されたインタヴュー記事の全訳です。
元記事はこちらを参照してください。

今回の記事で触れられるナナ・エクヴティミシュヴィリ監督の『花咲くころ(In Bloom、露:Длинные светлые дни、グルジア語:გრძელი ნათელი დღეები)』は、2013年9月にペテルブルグにて行われたサンクトペテルブルグ国際映画祭にて上映され、わたし(工藤)は大きな感銘を受けました。記事中でも触れられているように、ベルリン国際映画祭を初めとする多くの映画祭に出品され、いくつかの賞を獲得しています。

日本では、2013年の11〜12月にかけて東京で開かれた第14回東京フィルメックスにおいて上映され、最優秀作品賞を獲得しました。
東京フィルメックスの作品ページはこちら。[注:ちなみにエクチミシヴィリという表記になってますが、ローマ字転記はEKVTIMISHVILIです

サンクトペテルブルグ国際映画祭の監督紹介ページから訳出したエクヴティミシュヴィリ監督のプロフィールが以下です。

ナナ・エクヴティミシュヴィリ(ნანა ექვთიმიშვილი):1978年グルジアのトビリシで生まれる。ポツダムのコンラッド・ヴォルフ映画・テレビ大学にてシナリオ及び演出技術を学ぶ。いくつかの短篇映画も撮っている。『花咲くころ』は彼女の処女長編映画である。

予告編はこちらをご覧ください。



14 5月 2014

文字18



いえにかえるみちで 鳩をみつけたので


いっぴきえらんで むちゅうでほおばっていると


おまへが怒ったかおで ちかづいてくるのだ


わたくしがなにかしただろうか

きまりのわるいかおを ぢめんにむけて

ちしぶきのながれるままにしていると おまへはいうのだ





おまへは呵々とわらいながらいうのだ


ひとなみの欲望がおまへにあるかと






ある、なくてたまるか わたくしはさけぶが


おまへはすでになく ほかのだれもきいていない













そのための鳩食いだ


うまくもない鳩を 腐った魚の臭いがするあの鳩を


そのために食っていたのだ