22 5月 2014

ロシアのインディー音楽(音楽サイトFar from Moscowについて)

以下に掲載するのは、ロシアの情報誌「アフィーシャ(Афиша)」誌のネット版に『イギリス人にはぼろぼろでもいつも手の届くところにマイクロバスがあるが、マガダンでは永遠にそこに留まったままかもしれない』という長いタイトルで掲載されたロシアのインディー音楽事情についてのインタビュー記事の全文翻訳です。原文はこちら

インタビューを受けているのは、ロシア・東欧音楽の紹介サイト「Far from Moscow(記事中では以下FFMと略)」を運営するデヴィッド・マクファディエン(David MacFadyen)氏です。記事中の紹介文によると、「FFM2008年から定期的にスラヴ圏やバルト諸国のインディ音楽シーンについて発信し続けている、おそらく唯一の英語メディアである」とのこと。センスは非常に高く、わたしがロシアにこんなに水準の高いインディカルチャーがあるのだと知ったのもこのサイトを通じてでした。
記事中で本人も語っているように、音源の数が多すぎて時にとりとめもない印象を受けるかもしれませんが、そこはご愛嬌。ロシアでも、地方のシーンに注目して紹介するアティチュードは非常に好感が持てます。

リンク:
Far from Moscowホームページ→http://www.farfrommoscow.com/
その他、SoundCloudBandcampTwitter、Facebookに公式ページがあります。



イギリス人にはぼろぼろでもいつも手の届くところにマイクロバスがあるが、マガダンでは永遠にそこに留まったままかもしれない
Far from Moscow創始者デヴィッド・マクファディアンが、自分のレーベル、サイト、そしてロシアについて語る

(以下「ニ」はインタビュアー、「デ」はマクファディアン)

ニ:卒論をブロツキーで書かれたんですよね。なぜ現代ロシアのインディペンデント音楽に興味をお持ちになったのですか?

デ:詩を通じて音楽のほうにやって来たんですよ。ブロツキーは個人的に知り合いですし、一緒に彼のいくつかのテクストを英語に訳したこともあります。最初にわたしたちが話したときは、彼の初期の詩におけるアメリカジャズの影響というテーマが浮き上がってきました。若いころブロツキーは家で密かに「ボイス・オヴ・アメリカ(VOA)」を聴いていました。50年代半ばにはそこでジャズ音楽の放送があったのです。彼は、初期の詩にジャズのリズムを反映させようとさえ試みた、とわたしに打ち明けていたものです。カリフォルニアのUCLAで書いた卒論も、まさにこれについて書いたものでした。いまわたしはまさにこの大学で同時に2つの学科の教授として働いています。比較文学と音楽学ですね。わたしの卒論は間接的に当時のソ連音楽シーンの発展と結びついたもので、そちらのほうにテーマを切り替えたのです。ソヴィエトの音楽シーンについてわたしは3冊の本を書いています。最初の本は20世紀のごく初期のジプシーロマンスから始まり、最後の本は90年代はじめで終わります。もっと現代の潮流に興味を持つようになってから、「現在進行中のことについてアカデミックな書籍にまとめるのは何の意味もないことだ。そういう本は出版までとても長くかかるから。」ということを理解しました。いま起こっていることをせめて後ろから追いかけるために、わたしはサイトを立ち上げました。最初はただメインストリームの音楽やプライムタイム・ポップスについてわかりやすく書きたかっただけなのですが、かなりさっさとやめました。小さな街でのインディー音楽の追っかけをするほうがはるかに有益でおもしろくなるぞと気づいたからです。

ニ:それはどうしてですか?メインストリーム音楽について、音楽的な見地からはロシアでは書く人も少ないですよ。

デ:うーん、わたしはポストパンクブームの最中のイギリスで生まれ育ったわけですが、それはインディーレーベルの全盛期だったわけです。そういったレーベル群がいかに大きな文化的意義を有しているか理解していますので、「どこで、なぜ、どのように、現代のネットレーベルは働いており、ロシアやスラヴ圏、バルトの街々にはどんなおもしろいローカルシーンがあるか」ということについて自分自身もう少しよく研究したいなと思ったのです。そして後になって「すべてに対して態度があまりに消極的すぎたな」と思う時期が、いまやって来たというわけです。いまはもっと積極的にアーティストを助けたいと思っています。

ニ:何年か前の段階では、FFMはなんだか陰鬱なデザインの小さいブログでしたが、時にはロシアのメディアより速く新しい音楽について書いていたということを覚えています。

デ:えぇ、いちばん最初の段階ではTumblrのプラットフォームを利用した質素なブログで、技術的な問題から一晩で1つのmp3ファイルしかアップできませんでした。もちろん「ものすごく」便利なフォーマットではありませんよね。その頃はぜんぶCD媒体で出されていましたから、わたしは空っぽのスーツケースを持って頻繁にロシアに行き来していました。できるだけ多くのマテリアルを集めるためです。次第にアーティストたち本人がわたしにマスターピースを送ってくるようになりました。もちろんいまではすべてをデジタルフォーマットで受け取ります。ブログがWebマガジンになったときに、わたしは地理的およびジャンルの分類を施しました。いまではレーベルを創設するという考えを持つようになりましたので、ファイルを公開し、おそらくファイルを販売することさえできるような可能性をサイトに埋め込まなければなりません。それから他の媒体ともつなげるようにもしなければ。もちろんサイトを拡大しつつ、です。サイト上にはいま2万のオーディオファイルが散らばっています。もうちょっと多いかもしれませんがだいたい。比較的最近、補助金を得て、すべての音源を物理的媒体からサイトに移せることになりました。わたしのオフィスのサーバーには、そうですね、余計なファイルも含めて百万くらいあると思います。もちろんアーティストの同意次第ですが、音楽配信のストリーミングサービス(потоковый аудиосервис)を行う考えも浮かんできています。ロシアにこの夏どうやらSpotifyが上陸するらしいということは知っています。彼らはメインストリームから外れたところでいま何が起こっているのか、よりよく理解するために助けて欲しいとわたしに打診してきさえしましたね。プライムタイム歌手を代表するモスクワの最大規模のグループ群がレパートリーとして持っている曲は比較的少ないのです。わたしよりあなたのほうがよく知っていますよね。まったく同じメンバーがまったく変わり映えのしない曲を朝から晩までテレビだのラジオだので歌っていますね。Spotifyがロシアにオープンする際、多様性がなかったり若いグループが少なくなるのを心配しています。

ニ:アーティストを助けようとしている、とおっしゃいましたね。具体的には?

デ:イギリス、アメリカ、カナダにたくさん知り合いがいます。英語圏の版元に現代のロシア、また広くスラヴ圏、果てはバルト諸国の音楽をもっと宣伝してみたいと思うのです。西欧ではそういった音楽について書いているひとはたいへん少ないのに対して、ロシアのネットにおける英語で書かれたテクストの量といったら、ときどき完全に悪夢だと思うほどです。例えば、ジャケットにバカみたいな文法的な間違いを見つけたときには、もう泣きたくなります。もう、そう、ほんとうにね・・・。西側のリスナーのために現代のロシア音楽をもっとクオリティ高く描き出してみたいんですよ。確かにもうそういうことに携わっていますが、いままでサイトを宣伝したり触れて回ったりはしていませんでした。もし全部のページにクオリティの高い音源だけが載っていれば、サイトとアーティストにとって直接的な利益につながります。

ニ:いまは音楽に興味があるひとはみんなインターネットに棲息していますね。なぜ、例えばPitchforkやFactといった海外の音楽サイトに、価値あるロシアのバンドについて書き送ったりはしなかったのでしょうか?もしそういったバンドが本当にあるなら、ということですが。音楽サイトが探すのをめんどくさがったのでしょうか?

デ:つまり、誰に責任があるかという質問かな?

ニ:だいたいそんなところです。

デ:問題は、外国でロシア音楽について言われているある種のステレオタイプにあると思います。例えば、ドイツやオランダでスラヴ圏のミュージシャンたちと働いているMore Zvukovというたいへん優れた取扱店があります。彼らのモットーはこのようなものです。「スラヴ圏のアーティストをスカウトしなければならない場合は、2つのステレオタイプと闘わなければならない。一般的なドイツの音楽マニアはスラヴらしいフォークロアかソ連風のキッチュを予想する。」悲しいことです。今日のロシアの音楽シーンでどんなに多くの素晴らしいことが起きているのか、人々に知ってもらいたいのです。具体的なイメージやレーベル、効率的な販促なしで、追っかけをするにふさわしいのだと、遠く離れたところから西欧のひとを説得するのは困難です。西欧のメディアが何かについて責任があるとは言うことはわたしにはできません。それより、効率的なPRに取り組んでいるひとが西欧には少ないのです。東欧についてのマテリアルがメディアにあがったりしますが、たいへん稀なことです。Pitchforkにたいへん優れたモスクワのエレクトロニック音楽シーンの概観が載っていたことを覚えていますが、しょせんは一瞬で過ぎ去る関心に過ぎなかったのです。ロサンジェルスではときどきPompeyaやTesla Boyなども見ることがありますけれど、たいていはまったく異なる世代のミュージシャンたちが来ています。オルバカイチェやらガルキン、バスコフやら・・・。ロシアと西欧の版元との関係をもっと密なものにしたいのです。誰もこうしたことに取り組んでない以上は、わたしがやってみることにします。こう言っても図々しく聞こえすぎることはないと思いますけれど。

ニ:あなたのサイトにはとてもとてもたくさんの音楽がありますね。開けっぴろげに言うなら、もう多すぎるほどです。

デ:それはアクチュアルな質問です。要らないトラックを含んだ百万もの音源、それからそれについてのメタデータのあいだには何の共通性もありません。もちろん誰の利益にもなりません。今のままではゴミ置き場に過ぎませんし、わたしはそのことをよく理解しています。こうしたメタデータを集めて、新しい音楽でストリーミングサービスを創り出そうとするのに、助けが必要なのです。成功するかどうか見てみようじゃないですか。あなたはたぶん、地理的・ジャンルの分類をもってしてもなお、わたしのサイトに訪れるひとにとっては何が良くて何が良くない音楽なのか理解するのが難しいということを暗におっしゃっているのでしょうね?

ニ:まぁそうですね。あなたのサイトには違う機能がありますけれど、あなたはレコメンデーション式のサイトにしたいというわけですか。

デ:わたしが一番興味を持っているバンド群をおすすめするのは簡単だったんですよ。だって20組かそこらしかいなかったんですから。今では、そういうバンドは6つの国に跨がって2000組以上になってしまっていると思います。サイトは2つの市場に割かれています。ひとつはロシア・ウクライナ・ベラルーシであり、もうひとつはバルト諸国です。あなたはまったく正しいのです。もう一つ分類を施す必要があります。「仕方ない、ほら、最も興味深いバンドのベスト20(あるいは50)ですよ」とか言ったりね。本当を言えば、わたしはそういったバンドについてはレーベルとして機能していくつもりです。2つ理由があります。まずは、彼らにはホームベースでの反響がある、つまり彼らは何かしらを独特なかたちで代表する者たちであること。2つ目には、彼らがわたしに協力してくれる(といいのですが)のは、彼らに西欧へのパースペクティヴがあると考えるからです。ジャンルでの分類も、もちろん海外での成功の基礎です。ほら、エレクトロニック音楽には歌詞がないじゃないですか。だけどもヒップホップとかラップに成功するチャンスはまったくないですね。言語をよく知らなければほとんどなにもわからないでしょうから。歌詞が英語のトラックだとしても、ときどき疑問に思うこともありますね。残念ながら、イギリスや北アメリカの英語話者は時として高慢で、外国人が英語で歌う試みを、上から目線でみていることがあります。「ユーロヴィジョン」は一見に値しますよ。フィン人やらポルトガル人やらが英語で歌うと、かなりの早さで手厳しく残酷でさえある物笑いの対象になってしまうのです。

ニ:あなたはご自身の仕事に対して一銭も受け取られていませんよね。

デ:えぇ、こういった百万ものトラックはわたしが自分で買ったり、ロシアへの個人的な往復旅行のときに集めたものだったりです。わたしがこの仕事に携わっているのは、わたし自身が全部研究しつくしたいからですし、地図上に興味深い場所がたくさんあることに驚きを感じることがたいへん心地よかったのです。いまわたしはレーベルとかライヴエージェントを創業するようにとひっきりなしに言われています。でもわたしはビジネスマンではないんです。わたしはこの仕事に対して、ビジネスに向かうように接したことは決してありません。わたしには仕事があり、給料があります。もしかしたら、一番大事なのはまさにわたしにプロフェッショナルな職業があるということかもしれません。この職業はわたしに2倍の刺激を与えてくれるのです。サイトに載せた事柄についても講義で触れます。例えば「音楽とインターネット」という授業をやったときに、知的所有権の侵害(”海賊行為”)というテーマが浮上してくることがよくありました。なんとも悲しいことですが、ロシアは格好のネガティヴな例なのです。わたしが会計士やペインターとして働いていたなら、もっと辛いことになったでしょうが。わたしは音楽を24時間探し続けています。もう飽きたなと感じたり、行き止まりに来てしまいもうなにも新しいものを見つけられないような瞬間が来たら、その時わたしはすべてを投げ出すでしょう。そんなことはおそらく起こらないと考えていますけれど。

ニ:あなたのサイトには、どの国からアクセスが一番多いか、注視していらっしゃいますか?スラヴとバルト諸国からか、または西欧諸国からかということですが。

デ:半々といったところですね。個人的にはこの割合は嬉しく思っています。

ニ:そもそもあなたやリスナーにとって、ある音楽がどの国あるいは街から来たのかがどうして重要なのでしょう?

デ:つまり、この地理情報が一体なにと関係あるのかということですか?第一にこれは、わたしが育った場所が導きだしたことです。ご存知のように、いまだにイングランドやスコットランド、ウェールズにおいては「街」という概念が音楽的スタイルと密に関わっていますね(「マンチェスター・サウンド」[訳者注:「マッドチェスター」とも]などなど)。わたしは子ども時代をブリストルのすぐ近くで過ごしました。90年代のああいったトリップホップうんぬんが、もちろんいまだにブリストルについての主要な文化的ステレオタイプであり続けているのです。あなたは世界で一番大きな国に住んでいますよね。まぁ地理的・経済的に言えばですけれど。例えばコムソモーリスク・ナ・アムーレやハバロフスクの若いバンドは絶対にモスクワには出てきません。望む望まないに関わらず、彼らはイングランドとかスコットランドの若者よりもはるかに頻繁に、自分のお隣さんと仕事せざるを得ないのです。イギリスの若いミュージシャンにはぼろぼろだろうがいつでも手の届くところにマイクロバスがあります。しかしマガダンに住んでいるなら、その地に一生留まっていることもまったくあり得る話なのです。まさにこのために、ローカルな音楽媒体というものがより大切なのです。時には一つの音楽シーンや哲学さえもがたった一つのクラブの周りで形成されたりなどなど。つまり、イギリスで自らの意志によって土地のスタイルが成長するとするならば、ロシアでは逆に、どんなに悲しくともひとは自分のそだった場所に留まらねばならず、それは音楽のなかで次第に強く強く感じられてくるようになっています。

ニ:例を挙げていただけますか?

デ:オムスクにDopefish Familyという素晴らしいレーベルがありますが、そこではアンドレイ・ミトロシンが働いています[編集者注:ミトロシンは最近モスクワで住み、働いている]。ここの人たちは大変アイロニカルに、ありとあらゆる流行遅れのグラフィックデザインをジャケットやサイトに使っています。ぜんぶ古いウィンドウズで作られているかのように感じられるほどで、音楽は全部ローファイ風です。わたしには、これはかなり鋭敏な地方性の謂いなのだと思われます。つまりミュージシャンたちはオムスクに住むということが何を意味するのかよくわかっているのです。そして自分を宿命の犠牲者だと感じないようにするため、自分の出自について笑い飛ばしてしまうのです。こうした鋭敏な地方性は、おそらくモスクワの中心部では見かけることはできません。例えばクラスノダールを例にとれば、また別のテーマがあります。わたしはクラスノダールのレーベルFuselabの大ファンですが、彼らの歴史は地理ではなく、ジャンルにより強く結びついています。エレクトロニック音楽のミュージシャンにとっては、例えばロックミュージシャンと比べれば、多種多様のコラボレーションに参加することは極めて簡単で手早く、効率的なことなのです。ロック音楽はグループのなかで書かれるものでしょう。でもエレクトロニック音楽は、家のベッドルームでラップトップを持って座っている時に作られるものです。ですから、はるかに簡単に協働関係ができあがるのです。こんなふうに、よりプロフェッショナルなロジックに従って、クラスノダールのシーンは成長しているのです。

ニ:あなたはこんなにずっと長く注意深く観察なさっていますよね。おそらくロシアのミュージシャンたちになにかアドヴァイスを与えることができはしないでしょうか?心地よく感じるために、彼らはどう振る舞うべきなのでしょうか?

デ:やってみましょう。まずは、ホームベースに留まって(ローカルな行動)、ネットを通じて自分を売り込むことです(グローバルな行動)。音楽は、ますます強くSoLoMoの法則に従って働きかけるようになっています。So(ソーシャル)、Lo(ローカル)、Mo(モバイル)のことです。モスクワよりも、家に留まってファンベースを伸ばすほうが簡単です。そうすればその後全世界で同じ人気を示すのもより簡単になるのです。第2に、英語話者と協力することです(どこに新しいリスナーを求めているかにもよりますが)。ひどい翻訳は、「あちら」での不成功を約束するようなものです。そういう翻訳はみんなをいらいらさせてしまいます。第3には、ストリーミング(音源を買う人は少ないですが)も含めたありとあらゆるデジタルプラットフォームで活動することです。ストリーミングはもうすぐスタンダードになり、次に「Яндекс音楽」やSpotifyなどの大規模のものが新しい未知の、あるいはジャンルで特殊化したサービスへの需要を創設するでしょう。第4には、自分の音楽をライセンス化する可能性を探すか、ブランドとともに活動することです。そして第5には、自分の音楽を(最初だけでも)無料で配信することです。自分のリスナーがどこに住んでいて、具体的に何をアーティストから求めているのかを知るためです。今日の音楽界で一番大切なのは、アクセス性ではありません(みなどこでファイルを見つけるか知っていますから)。音楽がわたしたちに与える経験、エクスペリエンス、そしてあの唯一無二の感情や感覚なのです。音楽の無料配信を通じてデータや感想を提供すると、ファンたちは一対一での対面やホームコンサート(クヴァルチールニク)の機会、サイン入り限定品(artefact)などなどを手に入れられるようにするのです。「スーパーファン」は、バンドから彼らが手に入れたいものに対して、はるかに多くのお金を出します。いまでは知的所有権の侵害行為(”海賊行為”)を追い回すより、「スーパーファン」を満足させることのほうが大事なのです。

ニ:あなたが書いている国の音楽への関心は、最近の政治的出来事のために変わりましたか?

デ:ウクライナでの問題が始まってすぐ関心が跳ね上がりました。もちろん西欧のマスコミは直接キエフの路上でプロテストソングを探し始めました。いくつかのマスコミが英語話者の読者のために歌を訳していたのを覚えています。トロイツキー氏はここでかなり重要な役割を演じています。彼はアメリカの大学で頻繁に登壇しているばかりでなく、アメリカの新聞で見た限りでは、マスコミはコメンタリーを求めて彼のもとに赴いています。また、あなたのご同僚ゴルバチェフ氏の論説が、ニューヨークタイムズ紙のボリス・グレベンシコフ[訳者注:ロシアロックの草分けであるバンド「アクヴァリウム」のリーダー。ロシアでは詩人としても有名であり、トップミュージシャンの扱いである。]についての記事に含まれていましたね。いまでは多くの人が「プーチンって何歳だっけ」と思案しながら、2つの世代のあいだに平行線を引いています。80年代のロック音楽といまの音楽のあいだにはどんな関係があるのか?とか、現代の若いネット世代は反権力なのか?とか、プロテストソングは書かれているのか?もし書かれているならなにか意義があることなのか?とか。わたしたちはすでに、若いロシアとウクライナのミュージシャンたちが意図して一緒に仕事をしたデジタル形式のコンピレーションをいくつかみましたよね。しかし、わたしが追っかけているような音楽において政治的なテーマが浮上してくることはたいへん稀なことであり、ケンカはなによりもまずSNSやブログで起こるのだ、と言えると思います。これについて歌にするような人はほとんどいないと思います。

ニ:では、あなたのものに似た他のプロジェクトとしてはどんなものがあるのでしょうか?

デ:うーんまずバルト諸国の音楽についてはThe Baltic Sceneという良いサイトがあります。西欧ではいくつかのサイトのなかに、半分似た感じのものを見つけたりします。つまり、例えば世界中から面白いクリップを集めているひとがいて、そのなかに現代ロシアのポップスに費やされている項目がある、などです。ですが、もし間違いでなければ、第二のこういったサイトは存在しないと思います。「サイトがもうあまりにも大きくなってしまった」というあなたの意見に立ち戻るなら・・・たぶんサイトのなかになにがあって、どんなバンドがあるのかなどを知っているのは唯一わたしだけだと思いますが、このために、先述した分類のうちいくつかを施す時が来ています。このサイトがロシアの現代音楽に深く沈み込む際にもっとほんとうに役立つものにするためです。そうでなければもうただめちゃくちゃになだけですからね。


聞き手:ニキータ・ヴェリチコ
2014年5月6日

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