29 12月 2015

イヴァン・ジダーノフの詩

ロシアの現代詩人イヴァン・ジダーノフの詩を訳しました。
(初掲載:2014年3月9日、最終更新:2015年12月30日)

(あなたとぼくの隔たりは)

あなたとぼくの隔たり 隔たりこそがあなたである
ぼくの前にあなたが立つとき どうしよう こうしようなど 考えながら
あなたの緘黙のかけらから あなたがぼくを組み立てるよう
あなたが見るのはかけらだけ 自分の全ては見やしない

鏡が あまりに多くを欲し 弾けてかけらになるように
(この欲が 自分を各方面の間諜(スパイ)にするのだ)
憂愁をまとう不幸な樹が その葉に生を終えてゆく
その量の多さでもって みなに風向きを予言するために

唄うために 弁解するために 黙りこみ みなに耳を傾けるため
飛行機が空中回転するように 静寂の平面で泳ぐために—
だが不幸なくるみは 森で彷徨う 
戦争が近づき 不眠に幽閉されているかのように

どこにあるんだ 掘っ立て小屋の天国は どんな盗人に荒らされているんだ
ぼくはあなたのために盲目だ あなたの手で目を潰されたのではあるが
ターバンのごとく 中身のない水が 悲しみに巻きついているが
内側は空っぽ 風のない日に帆など立たぬと同じこと

あなたの一部分として ぼくはあなたを嫉み 捜すのだ
あなたの中に日曜日を。 そして無事では済むまいと思う
ほら ぼくには見える 嫉みのように あなたが投石機を構えているのが
機関車の頭垢を 可哀想な木の葉から 払い落として

あなたに向けたぼくの仕草を あなたは繰り返しているようだ
死を知らない飛行のなかで 幻の鳥はその翼で
大きな心臓を捕まえる そして己の運命に抗わず
空に溶けこむ のではなくて 空に なる のだ

そうだ ぼくはあなたと隔りでもって繋がっている これは掟だ
真実とかあなたの気ままさを許すように 嫉妬心を許す掟だ
ぼくは死を知らない 屈服している間は だが屈服などするものか
なぜなら愛している 愛している 愛しているから

(こんな夜は)

こんな夜は 選ばれはしない
親のない神が 夜に歩み出て
川はその岸に身を寄せる
世界に 光は 残されず
空は せいぜい足元をひたす
雨のシルエットくらいの 大きさしかない

そしてこの じめじめした街角は
そして腐りかけの葉のざわめきは
昏さの中でなく ぼくらの内に息づいている
ぼくらは覚えているだけで 見えるわけじゃない
ぼくらは聖人も嘲りはしまい
ぼくらを捕らえるのは ここでは影だけだろうから

ぼくらの内には ただ過去だけが遺っている
あなたはぼくに 接吻をしてはくれなかったね
恐ろしいあなた— あなたは軽やかでもあって。
あなたのことばは あなたを愛している
昏さの中でなく ぼくの中に ぼんやりと浮かぶのは
あなたの顔、あなたの腕

ぼくらは少しずつ 死んでいく
ぼくらは あの路に出たのではなかった
世界から受け取るのをぼくらが待っていたのは あんな報せではなかった
この夜を抜けて 衝動的な欷泣(ききゅう)の中で
ぼくらは、 もはや何ものも知ることなく
おのれの骨の松明の方へ行こう

対蹠点

とどまれ 痛みよ 針のなかに!
とどまれ 風よ 怯えた馬の
たてがみのなかに!
とどまれ 世界よ 外のままに
良くなろうが悪くなろうが
ぼくのなかには入ってくるな!
針のなかへ去らせてほしい
だがいったいどういう意味だ?
針のなかに閉じ込められることなどないというのに。
たてがみのなかの風になるのだ
そしてそこ 下階の光差す部屋のような
針の内部で
消えてしまった光へと入って行くのだ
無のほうへ我が身を下ろしていこう。
誰か知らは
突き刺されるに値しよう、とつぜん
光があらたに降り注ぎ
世界はぼくのなかで目を覚ます
そして微かに音がふるえる。
どこやらで馬たちが立ち上がる
うめき声に陥ってしまった
災難の追っ手を逃れて
草原の足跡をも見失い。
そんなふうに迷わせる草原などない。
傷に隠された馬の足踏みは
蹄によって暴かれた。
運命を背負った馬の群れは寄り合って
たてがみのなかに靄を運んでいる
その途上
積み藁が暗やみを通して見つめてくる
天の十二宮のごとく。
おまえ、それを読み解いてくれ。
でも、捕われる予感を前に
ひざまずいても
干し草の山のなかで針を
ぼくには見つけることができない。


洗礼

こころが無になり 空は殺す
ほら星々のあいだをもう手が鷲摑みにしている。
どうしたら振りはらうことが出来るだろう!ぼくのことなど誰も知らない。
まるでぼくなど存在しないかのようだ。誰もぼくを待っていない。

時計は急ぎ チクタク言っては落ちてゆく。
家をひっくり返しても 底を探り当てることはかなわない。
まるでぼくなど存在しないかのようだ。ぼくの聴力は音を追いかけて行くのだが
音は夜のなかへ消え去る 時から眠りを奪いながら。

狩りで狼をそうするように 時は眠りを引き裂いたってよかった
そうすればこころを血まみれの指が指し示したことだろう。
だが音は無のほうに落ちてしまった こんなふうになだらかな音色で
音は影に なにも無いところに空いた穴に しがみつくのだ。

落ちた木の葉が宙返りし 皮膚の下に入り込む。
永遠に掴んで離さないような そんな闇にとり囲まれている。
自分を探り当ててしまうよ。ぼくは聞き耳をたて夜を掻き乱す
いや 夜は静まり返り 夜はコインを信じない

そしてぼくが生まれる前 ぼくの悲鳴の前の
どこか地上で おとなしく落ちてゆく葉が
ぼくの呼吸をつきとめる それはもうぼくの救済なのだ。
ぼくはこの世にいない。落ちる葉は知っている 「悲鳴があがるぞ」。

水はゆらゆらこぼれない なかば寝入った魚たちの会話に
聴き耳をたてながらであるかのように
ぼくを通り抜け 口をきけぬようになった憤激となって 流れゆく
口も耳もない血を その指で 脅すのだ。

ぼくの中を川が流れている 口も耳もない血のような川。
儀式が行われている そこでは落ちゆく葉が洗礼を受ける
葉の音だけが飛んでくる 自分ではまだ気づいていないのだ
その音は葉を焼きつくし元には戻らぬということに。


<詩人について>
イヴァン・フョードロヴィチ・ジダーノフ(Жданов, Иван Федорович、1948-)

西シベリア、アルタイ地方出身の詩人。モスクワ大学ジャーナリズム学部で学ぶも、退校処分、アルタイ地方の中心地バルナウルで教育大学を終える。1975年頃からサミズダード(地下出版)を通じて、モスクワの非公式文学シーンで活躍。ジダーノフやパルシコフ、エリョメンコらからなる詩人サークル「ポエジヤ」を結成。処女詩集は『ポートレート』(1982)。ベールイ賞(1988)や両タルコフスキー文学・映画賞(2009)など受賞多数。現在はアルタイ、モスクワ、クリミアなどを転々と移り住んでいる。写真家としても有名。

0 コメント:

コメントを投稿