19 2月 2014

サヤト=ノヴァ×タルコフスキー

以下に訳出したのは、脚注に記載した底本より、サヤト=ノヴァ詩の、タルコフスキー(父)によるロシア語訳からの重訳です。旧かなにしたのは何となく、そっちのほうが雰囲気でるからです。すみません。
ナボコフなんかは翻訳者があんまり芸術家肌ではいかん、というようなことを言ってるわけですが、ソヴィエト時代には、発禁扱いになった一流の詩人・作家が、翻訳で食いつなぐという事態がままあったわけで、許してやってくれ。それから重訳で申し訳ないです。

あなたのさばきに


あなたのさばきに こころはよろこぶ
あなたはけだかき帝(みかど) グルジアのよろこび
ひとはいふ わたくしにはがつかりだと
ろくでなしのくず どくのつまつた いどがわたくしだと
きをわるくするな 謂つてしまわねば ならぬのだと


ひとりもののわたくし どこでうけいられようか?
わたくしは無粋なおとこ 突かれても こたへは待たれておらぬのだ
こうしてわたくし よの ものわらひの まとになる
こころをひらけど わたくしは こんなことばをなげかけられる
「おまへは はたけのうねのはざま そこにある 不毛の丘だ!」と


みかどのまへに きよらかなるころも まとひて立つ
わたくしのサアズは うずうずしてゐる
わたくしは ことばのいみをわすれてしまふ!
帝は冷酷にも わたくしを 向かふへおひやる
「おまへは きたならしい羊毛 よの わらひものだ!」


山と 山とが であふといふ
かみさま あなたのお慈悲を わたくしに!
さばきには あたひせぬ わたくしであろうか?
帝の 御手で 死罪になったほうがよい
あなたは わたくしの師 わたくしのよろこび


さいはひかな


さいはひかな 橋をたてたものよ
とおるものは 橋にあはせて いしをおいて ゆくだらう
わたくしは 民にいのちを なげだした このために
わがおとうとは 墓碑を わたくしのため たてるだらう


こころのうつくしきもの たましひのけだかきものが
ほこりたかく立ち あしの枷を とりはらう
わが勇者は 鉛の弾丸(たま)を さぐりあてる
商い人の つくえに たからかに それをおくのだ


さきゆきの杳とせぬ 運命(さだめ)の喇叭は うたふ
ほまれたかき族(うから)は その財を うしなつたと
羊毛が要つたものは いま
たへなる絹の錦を 宝箱のなか かくすのだ


善と悪とが かみさま ばらばらになつてしまつた!
よこしまな君主から まもりたまへ
ちかごろは 敵にうらみなど もつてはいませぬ
あいする同胞(とも)が 毒を わたくしのさかづきに盛るのです


おまへたち 霊感のない うぐひすよ いつたいだれに 入り用か?
愛は すぎさつてゆく そのくるしみ いつたいだれに 入り用か?
サヤト=ノヴァの     うたは   いつたいだれに 入り用か?
いまや だれだつて 韻を順々に ならべるのだ


うつくしいおまへのせいで


うつくしい おまへのせいで 責め苦の海のなか しんでしまふよ
その眼 まつげの矢 ゆみなりのまゆ そのせいで しんでしまふよ
たつたいちどの うぐひすのよな ばらのほほえみに まどわされ
おまへのしろきむねが はなひらいて しんでしまふよ


みてほしい わたくしは異教のものとなり こころは ほのほのよう
すくなからぬわざわひを とほりすぎてなほ 誇りをたもつてゐる
かねのない 商い人 わたくしは ただかなしみだけを あきなふのだ
刺すよな悲しみの抱擁のなか なげきのとりこになつて しんでしまふよ


わたくしは グルジア 諸侯のあひだにいて いのちをむだに つかいちらすのだ
おお こころはくらい 夜のごと わたくしは 血の なみだをながす
わたくしは 民の誇りを たもつてゐる 不名誉の しるしは かくしておこう
愛のため サヤト=ノヴァは あかつきのころ しんでしまふよ




<詩人(たち)について>(底本記載のプロフィールを基に、若干情報を追加。)
サヤト=ノヴァ(Саят-Нова、アルメニア語:Սայաթ-Նովա、グルジア語:საიათ-ნოვა、本名ハルテュン・サヤチュアン、1712-1795)は、高名なアシューク(カフカス地方の吟唱詩人)。チフリス(現トビリシ)にて、職人の家庭に生まれる。織工であった。詩人・音楽家としての栄誉を我がものにし、カヘティ王(後にカルトゥリ=カヘティ合同王国王、現在のグルジア)エラクレ2世の宮廷付き詩人となるも、すぐに宮中の陰謀により貴族階級と袂を分つことになる。司祭となった後ハフパット修道院(アルメニア)の僧となるが、アーガー・モハンマド・シャー(イラン・カージャール朝初代皇帝)によるチフリス征服の際に惨殺。亡骸は聖ゲヴォルギ教会(トビリシ)に眠る。

サヤト=ノヴァの詩はアルメニア語・グルジア語・アゼルバイジャン語で書かれ人口に膾炙、現在まで高名を保っている。現存するのは、アルメニア語詩68篇、グルジア語詩34篇、アゼルバイジャン語詩115篇で、そのうちアゼルバイジャン語で書かれたものは日の目を見ず、ロシア・サンクトペテルブルグのロシア科学アカデミー東方手稿インスティトゥート所属アジア美術館に眠っているという。

訳中、「サーズ」とは中央アジアに分布する弦楽器の名称。http://ratio.co.jp/education/contents/tzukan_ongaku/html/inst/data/m058.htm

彼が我々外国人にも名を馳せることとなったのは、(サヤト=ノヴァと同じく)トビリシ生まれのアルメニア人監督セルゲイ・パラジャーノフ(Параджанов, Сергей Иосифович、1924-1990)の『ざくろの色』(1969)に寄るところが大きい。『ざくろの色』は、フィルムは散逸し現存しない『サヤト=ノヴァ』(1968)を、ロシアのセルゲイ・ユトキェーヴィチ監督が再編集したものだと伝えられる。

それでも映画の価値は減じない。その色使い・つながりのぶっ飛び方は、パラジャーノフ以外の誰も到達し得ない境地である。とりあえずは本篇をみてほしい。
http://www.youtube.com/watch?v=tQ4IJ-cFLCE



アルセーニイ・アレクサンドロヴィチ・タルコフスキー(Тарковский, Арсений Александрович、1907-1989)はロシアの詩人。日本人には映画監督アンドレイ・タルコフスキーの父と言ったほうが通りがいいかもしれないが、アルセーニイ自身も本国では詩人として第一級の扱いを受けている。日本では、詩集『白い、白い日』(前田和泉訳)と『雪が降るまえに』(坂庭淳史訳)がすでに出版されているので、詳しくはそちらを読んでもらうといいかと思います。


底本:Ю. Розенблюм(ред.), Поэзия народов СССР IV-XVIII веков// Библиотека всемирной литературы. М., Изд.«Художественная литература», 1972.

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